零の旋律 | ナノ

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 密かに灯された灯を進む一つの影

 罪人の牢獄には朝の光も夜の闇もない
 唯、唯、曇天とした灰色の偽りの空が見えるだけ
 大地は腐敗し、水は白く濁り作物は枯れ育たない。
 けれど罪人達は街の恩恵を授かり生きていた。街の大地は腐敗を免れていて、そこでは水も手に入るし、作物も手に入る。太陽の光がなくとも、雨が降らなくとも、栽培も出来た。疑似のそれで――。

 嘗て、この地に降りた罪人が腐敗した大地の一部を浄化して人が住めるようにしたと一般的には言われている。その真相は定かではないし、誰も知るつもりがなかった。
 一つの影はそんな罪人の牢獄の“空”を見上げならが冷笑する。
 肩で切りそろえられた銀髪は真っ黒に包まれた服と重なり輝くような美しさを放っている。
 黒い姿は灰色の闇に溶け、輝く銀色は灰色の光に溶ける

「愚かなのは罪人の牢獄か、それとも政府か」


 彼の者は誰に語りかけるわけではなく、一人ごとのように紡ぐ
 罪人の牢獄最深部を我がもの顔で歩きならが

「政府は、罪人達を非公式に、世界の大地の地下に空洞に放り投げた。その地下は嘗て国が腐敗させた大地に。政府は人形を作った、政府の人形となり主の手足となり戦う様に。死を待つばかりの罪人は政府に助けを請うた。時を同じくして政府は罪人に始末を請うた。利害は一致した、だから罪人の牢獄は生きた。それが、罪人の牢獄と政府の関係の成り立ちさ」

 彼の者は窃笑する。

「ねぇ、聞こえているかい、この愚かしい関係をね。政府はそれ自体が可笑しいと気付きながらも今ある蜜を手放せない。甘く甘美で美味しいから」


 ――誰だって苦いものより甘いほうがいいよね、だから罪人の牢獄は生かされているんだ


 彼の者は誰に語りかけるわけでなく、罪人の牢獄の歴史の断片を語る

 一つの影はゆっくりと、罪人の牢獄と外の世界を繋ぐ螺旋状の階段を歩く
 螺旋は長く罪人の牢獄と外の世界との距離を感じさせる
 国が、人間が、大地を腐敗させたから

「また今度会おうかねぇ、罪人の統治者よ……否――罪人を統べる王よ」


 螺旋階段を上がりきると、彼の者の姿は罪人の牢獄から消える。


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