第九話:赤からの逃走 気がつけば足元に渦巻く暗い絶望 囚われれば深く深く絡みついた 『悲しいね、こうして分かち合えなかったのだから君らが要求を飲んでいたら、こんなことにはならなかったのにねぇ』 炎上する建物 絶叫する人 崩れ落ちる人 血しぶきが空中を舞う 笑い嘲る人 躊躇いなく殺す人 全てが鮮明な画像となり 脳内で再生される 消えることはない 命の灯が消えゆくその時まで 映像は終焉と再生を繰り返す +++ 梓は可憐に微笑む ――もう直ぐ、私のものになるからねぇ 狂った舞を舞い続けよう。終わりを感悟するその時まで。 「きゃははっその鋭い瞳はその敵対心溢れる身体は私のものよぉ」 くるくると回転しながら梓は舞う 踊り子のように、優雅に舞う 此処が、今が、現場が何をしているのかを決して忘れさせない。 「……ちぃ」 相手を梓一人に絞った炬奈は槍を手に取る。 魔術で空間から取り寄せた槍を右手に炬奈は梓のもとへ駆けだす。 遠距離からの銃撃では、梓の武器である蔓にからめとられてしまうのならば、接近戦で蔓を切りながら本人の目の前まで行けばいい。 そう考えたからだ。もたもたしていれば、朧埼の元に助太刀にいけない。 「あららら、実は槍使いだったのぉーてっきり銃使いだと思ったのにぃ、あはっ」 炬奈がやってくる様子に梓は前に左手を出す。そして中指でくいっと上に上げる動作をしながら炬奈を指さす。 それは、合図――殺せという。 「まぁ、どっちでも大して関係ないかぁ」 蔓は、合図されたのと同時に梓が指さした炬奈のもとへ地面を突き破って向かっていく。 「……うざったい蔓がっ」 槍を横払いして、襲ってくる蔓を真っ二つにしていく。 だが、真っ二つにしたはずの蔓は地面に着くと、新たな魔の手となり炬奈に襲い掛かってくる。 地面を突き破り突如として現れる蔓 切り落とす度にそれは増殖して襲ってくる。 蔓は炬奈のゆくてを阻む。ある一定の距離から炬奈は一歩も梓のもとへは近づくことが出来ない。 「私にぃ近づくことは、私の蔓が許してなんてくれないわよぉ」 蔓を切らなければ蔓の攻撃を防げない かといって切れば増えて足場が減り、相手の攻撃手も増えて状況が不利になっていく。 そんな状況な炬奈には、梓の言葉に返事をする余裕などは一切ない。目の前の蔓に対応するので精いっぱいだ。 「ちょぉーなんで返事してくれないのぉ? 詰らないわよぉ」 返事をする余裕がないだけで、梓の言葉は耳に届いている炬奈は思わず舌打ちをしたくなった。あくまでマイペースな梓に苛立ちが募る。一体何者だと思わずにはいられない。罪人だとわかっていても、此処まで壊れて歪むものなのだろうか、疑念が積もる。 「ねぇねぇねぇ、話しかけてよぉ。血にまみれたその口でぇその喉で、吐血をしながらなおもその戦意を喪失することなく、私を睨み続けるのぉ、きゃははははっ素敵でしょぉ? その命が消えゆくその時まで、私を恨みながら私を罵詈雑言しながら、自身の無力さに苛まれてねぇ」 「勝手に殺すなっ!!」 思わず蔓に集中できずに、炬奈は梓の言葉に反応をする。梓は炬奈の反応に艶笑した。 梓が圧倒的優位に立っていることは、間違えようもなかったとしても。 炬奈にとって、勝手に負けたことにされて、さらに勝手に殺されてしまうのには流石に腹が立つ。 だが、このままいけばおそらく負けるだろうと本能は悟っている。 万全の状態ではと言い訳はしたくなかった。それでも炬奈は昨日のあの人形と名乗った――唯乃との戦闘の後の疲労が抜けきってはいなかった。 それでも敵はやってくる。待ってはくれない。殺せるときに確実に殺せなくて何になる。 「あははっ、やっと返事してくれたぁ、私一人で話すのって大分さびしいんだよぉ。かまってくれなきゃ、寂しくて寂しくて寂しくて、誰かの泣き叫ぶ悲鳴が聞きたくなっちゃうじゃなぃ。きゃはははっ」 [*前] | [次#] TOP |