零の旋律 | ナノ

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「目的が達成できたなら、この紙を日鵺の当主に渡しな」

 手をそっと遊月は自分の心臓部に当てる。トクントクンと心臓は確かに鼓動していた。
 生きている証――。何年も望み続けてやっと手に入れた、戻ることが出来た。
 感極まり、自然と涙がこぼれる。

「おいおい、俺に涙見せてどうする」
「しらねぇよ。黙っておけ、どうせお前は日鵺と最後にやり合うのだろう?」
「あぁ、そういうことだ」
「最も、殺されてやるつもりはない。だが、どちらにしろ復讐は終わる」

 日鵺が負ければ、それで復讐は終わり、日鵺が勝てば、それも復讐は終わる。
 どちらへ天平が傾こうが、復讐は終わる。

「さらばだ」
「あぁ、さようなら」

 もう二度と会うことが例えなくても。
 遊月は伊垣をこの場で殺そうとは思わなかった。それは自分の目的ではない。他者の目的まで遊月は奪わない。自分の最大の目的は是で達成された。
 ――けれど、俺は
 遊月が元の場所に戻る。既に腰付近まで水が浸っていた。建物が崩壊するのが先か、それとも機械が使用できなくなるのが先か。

「早く戻らないと死んじゃうよ?」
「死ぬまで此処にいろってか?」

 心なしかカイヤの顔色が悪いことに遊月は気がつく。

「そんなの御免だよ!」
「じゃあいこうか」

 外に脱出する。服が水浸しになったが、そこはカイヤの出番だった。巧みな術で熱を作り出し服をあっという間に乾燥させる。冷えた身体も温まる。

「篝火、朔夜。有難う助かった」
「いや、俺たちはただ手伝っただけだ」
「手伝ってくれるやつがいなきゃ、此処までは辿りつけないさ」

 最後まで手伝ってくれた。付き合ってくれた。けれど此処から先は自分たちで進む。

「ネオはどうするんだ? この牢獄に残るのか? それとも」

 朔夜が言葉を濁す。

「……俺は、牢獄には残らない。悪いな朔」
「いや」

 朔夜が首を横に振る。

「お前がそう決めたならいいだろう。俺がお前を引きとめる必要はねぇよ。ただ、再会出来て嬉しかった」

 あの時、何も言わずに目の前から消えた。だからこそ、また同じことになるのは耐え難い。

「今度は何も言わずに消えたりはしない。けれど会うのは是が最後だ」
「……」

 朔夜は何も言えない。言葉が思いつかない。本当はもっともっと会いたい。
 今までの空白の期間を埋めるように喋りたい。実際遊月と言葉を交わしたのなど数日にしか過ぎない程短い期間。
 そして今後会うことが出来ないのなら――

「これ以上此処にいて、未練を残すわけにはいかないからさ」
「何だよ、それ死にに行くような言葉」
「どちらにしろ罪人の牢獄と上は切り離すものさ。そう何度も俺たちが足を運んでいい領域ではない」
「それはわかっているさ」
「……なんなら朔、一緒に来るか?」
「卑怯だ」

 朔夜は即答する。朔夜が街を愛しているのを十分承知した上で、朔夜が遊月と共に国に行かないのを承知で遊月は誘った。断るとわかっているから。

「悪いな」
「卑怯だ卑怯だ」
「悪い」

 遊月も朔夜もそれ以上何も言えない。何も言葉を交わせなかった。


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