零の旋律 | ナノ

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「それは朧埼が普段術を使うようにすればいいよ。それより簡単に術は効果するはず。だって朧埼の術を既に彼らは使っているからね」
「な、成程」
「で、再生を逆に働かせるのは元に戻す。つまり朧埼の術で朧埼の術の効力を無くす。もう一つは朧埼の術で効力を上乗せして最速連続再生をしてしまって、細胞の限界再生回数を超えてしまうんだよ。死滅してしまえばもう再生は出来ない」

 今度はしっかり理解出来た。理解出来たからこそ朧埼はそれが何を示すのがわかってしまった。所詮まやかしだと。痛みを感じなくなったところで、再生の力を手に入れた処で寿命には逆らうことが出来ないことを。そして朧埼の力に頼りっきりだということを。だからこそこの術は未完成。ならば未完成のままに幕引きさせる必要がある。朧埼は唾を飲む。震える手が収まらない。けれど――朧埼は祈るように両手を握る。眼を閉じ普段力を使うように治癒術を使う――。
 何時ものように発動させれば大丈夫と自分自身に言い聞かせる。
 まばゆい光が研究所全体を覆うのに時間はかからなかった。力と力が惹かれあうように、普段より強力な治癒術が再生された。
 際限なく繰り返す治癒による再生。それは細胞の再生回数の限度を超える。
 後に残るのは力を亡くした肉体だけ。

「う、うまく言ったかな?」

 緊張状態が続きながら朧埼はカイヤに問いかける。

「うん。大丈夫だよ。でも伊垣は朧埼の術を使っていないから伊垣だけは生き残っているみたいだけどね」
「……っ」

 朧埼はそこで自分が彼らを殺した現実に直面する。今まで何度も人の死を見てきた。襲われたことも何度もあった。その度に姉が撃退してくれた。カイヤが敵対した人を殺す姿も見てきた。罪人の牢獄で無残に殺されていく人も、殺し合っている人も散々見てきた。
 けれど朧埼自身人を殺すことが殆どなかった。初めてといっても過言じゃないほどに。
 自分がいつもどれだけ姉に守られているか朧埼は再度認識する。
 最初から同罪。けれど自ら人を殺めた感触を朧埼は忘れようとは思わなかった。忘れるつもりもなかった。

「何? あぁそっか朧埼は人の死を見てきても、自分が殺すことはなかったんだもんね。見るのと殺るのでは大分違うでしょ。見て慣れているから殺せるなんて甘いことは考えない方がいいよ」
「あぁ……わかっている」

 水面は徐々に上昇してきて、膝元まで来ている。
 伊垣の術の効力が全体に現れるのにはまだ時間的余裕が大分ある。伊垣は一体何の目的でこの場所を水没させようと考えたのか、その考えが読めなかった。

「……一体どういうことなんだろうねー。伊垣は。第一こんな水……あぁそうか」

 カイヤはそこで気がつく。是は水と見せかけた目くらましだと。

「どうした?」
「あーうん、エンちゃん。この水普通の水じゃないんだよ」
「どういうことだ?」
「舐めてみたら?」
「……」

 何を舐めさせるつもりだ、と思いつつ汐は手に付着した水を舐める。

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