零の旋律 | ナノ

第三話:分かりきっていたこと


「もし、永遠を望んだ所で手に入れられないのならば……」

 伊垣は誰にも聞こえないように呟く。この研究所は恐らくもう終わる。
 ――蜃気楼のような存在。近づいたと思えば、消えていく。
 ――だとしたら、これ以上近づいた所で、消えるだけ。目の前から、手を伸ばした瞬間に。
 この研究成果は引き継がれることなく幕を閉じる。研究を引き継がせたいと思ったことは伊垣にはなかった、伊垣にあるのは研究が全て。けれど時世に残したいと思ったことはない。
 永遠の力ではない。痛みを感じず、致命傷をたちどころに治した所で、所詮はまやかし。
 乱用すれば全て消え去ってしまう。だからこそ欲しかった。手に入れたい産物だった。

「水の宴が水蘭し、水脈と濁流をもたらしかの地を氾濫せよ」

 伊垣が詠唱する。周囲一体を覆うほどの水の膜が出来上がる。その膜が破裂し、周囲に水を散らす。
 ここは建物内だ。もし部屋一体を覆うほどの水が押し寄せてきたら――溺死してしまう。
 そう彷彿させるには充分すぎる水の膜だった。水は徐々に足元を濡らしていく。
 カイヤが不思議そうに顔を上げて現状を確認した後、対処する程でもない――と認識したのか、また光の粒子に視線を戻す。光は絶えず移動をし形づくり、そして霧散する。

「興味も示さないか。高名な魔術師どのは」

 この場で誰を指しているのかは一目瞭然だ。

「水が全てを沈没させる前に逃げたければ逃げることだな」

 嘲笑う。嘲笑する。冷笑する。含笑する。
 水かさは増えていく。そこで初めて研究員たちの顔色が変わる。

「どういうことですか!?」
「俺たちを見捨てるつもりで?」

 目に殺気が宿っているものもいる。

「見捨てるわけないだろう。第一お前らは」
「そりゃそうっすよね」

 安堵の声が漏れる。心酔しているのだろう伊垣に。だからこそ伊垣に見捨てられることに恐怖する。
 研究員たちの殺気は再び遊月たちに向けられる。痛みを感じないが故に果敢に挑める。それは無謀と言えるほどに。

「あーそっか媒体が違うのか。媒体が……」

 カイヤの周りを包んでいた光の粒子は徐々に光を無くし消え去った。

「何かわかったのかカイヤ?」

 炬奈が声をかける。カイヤは頷いた後、朧埼の方を向く。

「強力な再生を施しているのか、嘗て奪われた朧埼の瞳を使っているんだよ。瞳に宿る治癒の力を使い、彼らの身体は再生している」
「なら、どうすればそれをなくせるんだ?」
「逆再生ってところだけど……」
「逆再生?」

 朧埼は首を傾げる。逆再生とは一体何か。

「説明しにくいなぁ……第一朧埼は専門分野じゃないでしょ?」
「そりゃ」
「君は、術を構築している、というより感覚的に使っているからね。簡潔にいうなら朧埼の力で再生の力を逆に働かせる。もしくは連続再生を繰り返し死滅させるんだ」
「どういうことだ?」

 意味は理解出来る。しかしどうやってやるのかそれが朧埼にはわからなかった。


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