零の旋律 | ナノ

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 研究者の一人はナックルを装備し果敢に挑んでくる。

「あははははっ」

 唯乃がそれを拳で地面に叩きつける。そのはずみで眼鏡が割れる。

「あはははっ、最高だ。試してみたかったんだよ。我らの性能を」

 腕の力で起き上がる。痛みを全く感じないその動きに唯乃はため息をつく。

「自ら人であることを捨てたのですか?」
「捨てたわけじゃないよ」
「なら何を?」
「捨てられなかっただけだ」
「どういう意味で」

 虚ろな彼らとは違い、研究員にはしっかりとした自我が存在した。
 自分たちが上に戻っていた一か月程度で此処まで研究が進むはずがない。

「本当の意味で我らが人だと感じられないあいつにはなれないという意味だ」

 誰のことを指すのか唯乃には理解出来ない。ただ、わかることがあった。是は自分を作り上げた人形計画よりずっと性質の悪いものだと。放置すれば何れ大変なことになる。それこそ現状をさらに悪化へ導くものだ。是は――消さなければいけない。存在しない歴史として。

「何をおっしゃるか到底私には理解できませんが、これだけは理解しました。こんなものこの世に残していてはいけない」
「この身体のよさがわからないとは至極無念だよ」
「一生理解するつもりはありません」

 断言する唯乃にいやしい笑いを研究員はする。

「例えば大切な人を守りたいと戦っている。けれど相手は君より実力が上で、身体は悲鳴を上げている。そんな状況で動かない身体が憎らしいと思わないのか? そういうことだよ」
「……確かに、その時その魔の囁きを聞けば手を伸ばしたくなるでしょうね。けれどそれは決して伸ばしていけない誘いなのです」

 唯乃の淡々とした言葉に、その言葉が聞こえていた遊月は胸に刺さる思いになる。
 あの時、魔の誘いだとわかっていながらも手を伸ばした自分。死を恐れて生を望んだ。その代償が今ある自分。
 もし今度、生を望むのならその代償は一体何に――なる

「取り戻せない過ちは、世の中に無尽蔵に転がっています。けれど、だからと言って不死を目指すものではありません」
「永遠の命と永遠の美貌永遠の身体を手に入れられるとしてもか?」
「実現したところでまやかしにしかすぎません。永遠の流れの中で人は何れ人が何れ訪れるはずだった死を望むようになるでしょう」
「……何故、そう思う」
「長く生きた人は安らぎを求める、と私は思っているからです」

 唯乃の言葉を研究員は一片の欠片も理解出来ないようだった。
 これ以上会話を重ねた処で和解は不可能。もとより唯乃に和解するつもりはない。攻撃を繰り広げるだけ。


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