零の旋律 | ナノ

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「……あいつだな」

 一方相手も二人に見覚えがあったのだろう眼鏡をくいっと手で上に上げる。

「日鵺の人間か、まさか未だに生き伸びていたとな」
「お前らに復讐するためにしぶとく生き残っていたさ」
「ほほう。ならあの時だけの力では意味がない。朧埼の力を頂こうか」
「断る」

 断固として、力強く炬奈は拒否した。
 朧埼をもう二度とあんな想いをさせないために。槍を強く握り締める。左手で朧埼を守るように、朧埼を自分の後ろへ引寄せる。

「他の面々は見知らぬやつらばかりだが、どちら様だ」
「人の名前を知りたいのならまずそちらから名乗って頂こうか?」

 汐が真っ先に答える。

「ふむ。まぁいいだろう。俺は伊垣(いがき)」
「伊垣!」

 炬奈はそこで泉から言われた人物の名と目の前の人物が一致したことを知る。
 復讐相手は目の前にいる。激情に駆られて突進しそうになるのを必死に抑える。
 ――まだ、駄目だ。

「伊垣か。俺は汐、白髪がカイヤ、白髪赤メッシュが朔夜。金髪は篝火……」

 汐は名前だけを一通り説明する。罪人の牢獄では名字を名乗らない、その暗黙のルールに従って。

「そうか。覚えた」

 一通り言っただけで伊垣は全て人物と名前を覚えた。
 先ほどから伊垣ばかり口を開いている所を見ると、この研究の最高責任者は伊垣なのだろう。
 最もこの場にいない者が責任者の可能性もないわけではない。

「で、何用か聞いてもよいか?」

 高慢そうな態度だが、来訪者の目的を聞く姿勢はあった。
 知ったところで相手がどうにも出来ないと高を括っているのかもしれないが。
 遊月が一歩前に出る。

「俺の心臓を取り戻しに」
「心臓?」

 顔を顰め、顎を手に当てて伊垣は考え込む。少しして思い当たることがあったのか手をポンと叩く。

「あぁ、十年以上前に行われていた不死もどきの実験のことか」
「あぁ、それだ。此処になら俺の心臓があるときいたんで取り戻しに来た」
「成程、確かに保管してあったとは思うが、それを易々と取れるとは思うなよ」

 挑戦的な視線を伊垣は送る。たいして遊月は不敵な笑みで返す。

「私と朧埼の目的はわかっていると思うがお前らに対する復讐だ」
「だろうね。となると他の面々の目的は?」

 伊垣の視線は唯乃へ映る。

「私は遊月の目的達成のために、一緒に行動を共にしているんですよ」

 主ではなく名字で呼ぶのは、誰だかをすぐにわからせるため。

「成程。他は?」
「ただのつきそーいでーす」

 カイヤが無邪気に答える。伊垣の顔が渋った。その程度でこの場所に来るとは思ってもみないだろう。
 誰も近づかない崩落の街にだ。長時間滞在すれば毒の砂により命を奪われる。その危険性を顧みないで目的もないものがやってくるはずなど、通常はあり得ない。

「あ、でも僕は結界を破ってって頼まれたんだっけか」

 先ほどの出来事など既に忘却しているかのように言い放つ。実際カイヤにとってはその程度の事でしかなかった。


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