零の旋律 | ナノ

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「なら俺からサービスとして忠告をいくつか。朔夜を傷つけるようなことをしない方が身のためだぞ」
「……栞か」

 遊月は思わずため息をつく。榴華の戦闘能力は異様だ、けれど異端なら間違いなく栞が来る。
 栞は戦闘に適した力を保持しているのではない、殺戮に適した力を保持しているのだ。
 だからこそ、怒らせた時の栞は誰よりも恐ろしかった。

「あぁ。その通りだ。流石――裏切っただけあって身にしみているか?」
「……そうだな。栞は変っていなかった。姿形は成長しても、心は変っていなかった、大切な存在を守るためなら容赦なく自分の手を染める」
「榴華も、栞も……例え望んでいなくても、守るために人を殺す力を最初から潜在的に秘めていた。だからこその忠告だ」

 その力は望んだわけではない。生まれ持った力。けれど、榴華と栞にその力はない方が良かったか? そう質問したところで彼らは首を縦に振ることはないと遊月は思っている。
 望んだ力ではなくとも、それで大切な人を守ることが出来るなら、榴華と栞はその力を使い続けると。

「後、深入りはしない方が身のためだ。目的を達成したならカイヤと共にさっさと戻って来ることだな」
「……」
「例え、それが、なんであれだ」

 忠告であり、警告。

「……あぁ」
 ――この男は全て知っている。何もかも。だからこそ恐ろしい。
 ――全てを知りながら、全てを語ろうとしない。
「あの罪人の牢獄は深入りしない方が賢い生き方だ」

 余計なことを知ったばかりに殺されることだって決して少なくはない。知的好奇心が命を奪う可能性に繋がるのだから。

「これくらいか。もう用がないなら俺は帰るが?」
「あぁ、有難う」
「対価に対する報酬だ」

 対価が支払われているから、答えるに過ぎない。改めてそれを遊月は実感する。
 泉はソファーから立ち上がる。それに続いて律も立ち上がった。
 二人がいなくなるのを止めるのは誰もいなかった。炬奈は玄関まで送りに行かない。しなくても彼らは勝手に帰る。

「ふう」

 遊月は肩の力を抜く。会話をしているだけで何処か別世界の人間と話しているような錯覚に陥る。

「何だよあいつ」
「玖城泉。情報屋だ。あいつが知らない情報は皆無に等しいさ」
「……化けものだな」
「否定はしないさ、だが余り悪口を言うと律が敵になるぞ」

 冗談か本気か区別のつかない言葉に遊月は苦笑いをするしかなかった。

「類は友呼ぶ言葉は正答だ、あの二人を見ていると思いますね」
「律の方が性格は一枚も二枚もあくどいけどな」
「そうでしょうか?」
「あいつピンク帽子を脱ぐと本性が現れる」

 冗談にしか聞こえない言葉――けれど炬奈の瞳は真面目だった。からかっている素振りはない。
 何よりピンク帽子を脱ぐと――の部分は律自身も言っていた言葉だ。
 疑いたいと思いながらそれが出来ないことを唯乃は実感する。
 罪人や人形、そして研究者たちが非道に見えないほど彼らは一線を越えている。


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