零の旋律 | ナノ

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「援護しますよ」

 一歩後ろに槐は下がる。ホルスターの拳銃には手をつけない。

「頼んだ」

 一歩前に進み炬奈は槍を構える。槐に援護を任せ自分は波場と相対する。波場の実力は現時点で未知数。けれど槐が援護してくれる今負ける気はしない。
 雅契家に連なる分家。つまり魔術の達人。

「せっや!」

 炬奈は強く右足に重心を乗せ、槍を突き出す。波場はそれを易々と交わし剣を振るう。炬奈は柄で受け止める。ずしりと重みで炬奈は僅かに後退する。
 二撃目が来る――炬奈は重心をずらして擦れ擦れの所で交わす。交わした後は数歩後退する。間合いの差だ。
 部下の数人が炬奈に対して攻撃を仕掛けてくる。銃を所持している者は銃弾を容赦なく放つ。
 しかしそれが炬奈に被弾することはない。
 目に見えない壁に全て弾かれ、銃弾が地面にコロンと音を立て転がる。
 発砲音を炬奈は気にも留めず。目の前の相手にのみ集中し、余計な雑音は全て排除する。

「……なっ!?」
「どういうことだ!?」

 術を詠唱している素振りは一切なかった。何故と疑問が湧く前に答えは見つかる。女性ではない、もう一人の少年だ。槐は炬奈の邪魔にならない程度に離れている。

「ちぃ」

 ならばと部下は先に槐の方に向かっていく。銃撃が効かないのならば斬撃だと。剣が同時に振り下ろされる。そして剣は――銃弾と同様に弾かれる。槐が何かした素振りはない。無詠唱魔術。詠唱を破棄し術発動までの時間を短縮した術。術を扱う上で、発動までの時間が一番短い術式。

「この程度の術なら詠唱するまでもないんですよ」

 突如部下たちは腹部に殴られた感覚に陥り、そのまま後方に飛ばされた。

「さよーなら」

 無慈悲に降り注ぐ嵐。成す術はない。


「私は房見を助けたかった、それだけだ」

 波場は鋭い斬撃を無数に繰り出す。それを確実に炬奈は槍で受け止める。しかし勢いを殺し切ることは出来ず、徐々に後退していく。

「だからといって自ら死地に赴く必要はないだろう」
「われわれの知識では技術ではどうにもならないことだったんだ!」

 波場は怒鳴る。その剣幕に炬奈は一瞬押されそうになる。守りたいものがある、だからこそ何をしても守りたかった。その想いがわからないわけではない、弟を守りたいと思う炬奈も理解出来る。
 それでも雅契家に手を出してはいけない。炬奈は雅契の闇を知っているからこそ強く思う。

「おかしいだろう! 雅契程の力を持っていながらそのままにしておくのは、それで救われる命があるなら公表すべきだっ」

 魔術の総本山と呼ばれる雅契。本家と分家を合わせればかなりの数になる魔術師たちの一族。
 高名な魔術師は雅契に連なるものが多いと言われる程、その力は強大だ。

「……」

 炬奈は何も言えない。それが事実だから。雅契は自分たちの術を外に郊外することは滅多にない。
 秘密主義、というわけではない。何処の貴族も政管も自らの術を公表等滅多にしないのだから。既得権益、利益、誇り、様々なものが混じりあい、他者へ公開することがなくなっていく。それが現状。
 雅契が力を貸していれば可能性が低いながらも房見が助かった可能性は零ではない。
だからこそ波場は雅契を襲わずにはいられなかった。その力を手に入れるために。


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