零の旋律 | ナノ

第七話:何を敵に回したとしても


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 慎重な足取りで建物に侵入した炬奈と槐は、建物の居間――らしき場所に辿り着く。

「馬鹿な男です」

 槐は現状を見てそう言った。目の前には一日の間にやつれきった波場、そしてソファーに横たわる青白い肌をした男性。眼を瞑り、その表情は穏やかとも苦悶ともとれるような、見た物に判断を託す表情をしている。この男が、波場が命を懸けて助けようとして――間にあわなかった房見。
 他には部下が数人ずつ武装して立っている。当初推測していた人数より少ない。

「誰だ? お前らは」

 波場は焦点が合わない瞳で二人を捕えようとする。

「私は日鵺の者だよ。お前らが誘拐を企んでいたのは私の弟だ」
「俺は雅契に連なる分家の者ですよ」

 簡潔に自己紹介する。それだけで相手には全て伝わる。房見を助けようとして朧埼誘拐を企み、そして予想外の出来事によって慌てた波場は雅契に手を出した。

「報復か」
「馬鹿な男だ。日鵺だけで止めておけば良かったものの、雅契にちょっかいを出すからこうなるんだ」
「可能性があるところにならなんだって縋るさ。なんだって襲うさ。それで少しでも房見が長らえるのなら」

 大切な親友でありライバルであり相棒であった。時に反発しあい、時に杯を交わし、笑い、泣き、苦楽を共にした。だからこそ病に犯されていると知った時、波場は房見を何が何でも治してやりたかった。
 房見には大切にしている家族がいた。組織に属している身として稀有だ。普通組織の人間は所帯をもてない。それに何時死ぬかわからない組織に属している故、恋愛等滅多に起きない。その中で房見は所帯を持った。房見が死ねば、房見に殺されずに済む人が大勢生まれ、そして房見の死を嘆くものも生まれる――。

「けれど、その可能性を誤っては意味がないよ。例え可能性があっても手を出してはいけない。踏み入れてはいけない領域がある。貴方が組織の人間ならわかるでしょ? 雅契は生易しくなどない。冷酷残虐で無慈悲だ。助けを求めるものに手を伸ばす場所じゃない」

 手を出さなければ、彼らまで死ぬことはなかった。
 手を出してしまえば、雅契がそれを許さない。組織は潰される。

「わかっているさ。それでも何もしないでいるよりはましだ」

 波場が立ち上がる。房見の方を、無念が溢れる表情で見た後、武器を手に取る。剣だ。
 部下に目配せをすると部下たちも武器を其々構える。

「いくら雅契に連なるものと言えど、雅契当主は残酷だな、部下を一人しかよこさないとは」

 虚勢を張っているのか、それとも心の底から思っているのか。

「充分だと思ったから、そして当主にとって生死を心配するような人でもないということですよ」

 ――あの人にとって大切な人はたった一人だった。
 いくら目の前に映ろうとしたところで、映るのは曖昧な自分。鮮明には映らない。

「だから、俺でいいんだ」

 それ以上もそれ以下もいらない。今現在だって炬奈が同行を求めたから一緒にいるだけで本来なら槐一人で大丈夫だと。万が一何かあっても“潤”もいると。


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