零の旋律 | ナノ

Y


「……何処か、罪人の牢獄に似ているのですね」
「……!?」

 律はそこで初めて豆鉄砲を食らったような顔をする。
 唯乃の感想を聞くまでそんなこと考えたこともなかった。それが普通だったから。

「随分驚いていますね。罪人の牢獄だって、強くなければ生きていけない場所。下剋上殺し合いなんて日常茶飯事。明日は我が身かもしれない世界」
「そうだな。けれど言葉を換えればそれは貴族だろうが、罪人だろうが関係なく誰にも当てはまるんじゃないかな。見えない牢獄。映る牢獄」
「かもしれませんね。貴方を此処まで歪めたのは貴族だからですか、仮に貴方が貴族ではなければ此処まで歪みはありませんでしたか?」

 もしも等存在しない。過去には戻れない。律は此処に存在している。

「さぁな。そんなことは考えたことはない」
「でしょうね。貴方はそのようなことを考えないでしょう」
「不思議なもんだ」

 律は天井を見上げる。一通り書類の排除は済んだ。研究設備を破壊すれば、この建物自体は残しておいた所で損害はない。むしろ建物を破壊し、破壊されたことが公になれば面倒なことになる。
 ひっそりと設備だけを破壊すればいい。

「何がです?」
「俺がたいして知りもしない奴とこんな風に会話をすることがだよ」
「それは多分、私が敵意を抱いていないからでしょう」

 決して律を好きになることはなくても、嫌いだったとしても、唯乃の感情に敵意はない。主が律に対して敵意を抱いたとしても、既に抱いていたとしても唯乃は主と同調して敵意を抱くことはない。ただ、主が律を殺せと言えば唯乃は殺しにかかる。

「かも、しれないな。嫌い、憎い、消えろ、滅べ、殺気、敵意。決していい感情を向けてくる奴なんて、壊滅的にいないな」
「貴方の性格が原因ですよ」
「是でも丸いほうだぞ」
「どこが」

 唯乃は失笑する。充分すぎる程、既に悪い。

「このピンク帽子を脱ぐとより一層性格が悪くなります」
「……信じろと?」
「試す?」

 律は帽子に手をかける。

「いえ、やめときます」

 信じたわけではない。けれど帽子を脱がせてはいけない直感が働いた。嘘だろうが真実だろうがどちらにしろ碌なことはない。

「そっか、残念」
「何が残念なのか測りかねますが、是で一通りの作業は終わりですね」

 会話しながら双方手を休めることなく、作業していた。
 人形計画は是で完璧に消滅することを願って。

「そうだな、じゃあ帰るか」

 人がいた痕跡も消した。律は誰もいなかった空間を作り上げる。例え惨状に気がついて軍人がやってきた所で、此処に誰がいたかを判断することは不可能に近い。
 嘗て数度ある人物に律は自分の犯行を見抜かれたことがあった、けれど証拠はない。
 嘗て自分の存在を怪しまれた時、やったことは徹底的に証拠を消すこと。自分に繋がる情報を抹消すること。少しでも可能性があるのなら。
 別に自分が犯人だと露見しても構わない。怪しまれたところで捕まえられなければそれまでなのだから――。

「随分と手慣れたもので」
「何時もやっていればこの程度出来るさ」
「それほどまで犯罪をしているということを、暴露していますよ」
「暴露していた所で、ばれなければ意味がない」

 唯乃は共犯関係にも似た何かを抱いていた。決して好意的にみることはなくても――。
 目的を達成すれば一緒に行動する必要もない、二人は工業の街を出た処で別れる。律はまだ他の街でもやることがあった。唯乃は一人できた道と同じように空を飛び戻る。


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