零の旋律 | ナノ

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 罪人達となんの遜色も、否罪人達よりも濃く染み出る非道さを唯乃は感じ取る。律自身それを否定することはない。肯定することはあっても。

「ま、そうだろうな。少なくとも被害者は断トツに減るだろう」
「貴方は、何故捕まらないのですか?」

 愚問だと自身で感じならがも、口をついて出てきた言葉。

「そりゃ、工作と権力」
「……隠蔽がお上手だこと、と褒めるべきなのでしょうか」
「さぁ、それはお好きに。さて研究資料を全て破棄するか。もう誰の手にも渡らないように」
「それは無理ですね」

 即答する唯乃に律は何故と視線だけを投げかける。

「貴方が研究資料を手にすれば破棄したところで、貴方の知識に残るからです。私は資料を見た処で何が書いてあるのか理解できません。実験する知識もありません。けれど貴方にはその知識が充分に備わっている。悪用しようと思えば簡単なはずです」

 律は唯乃鋭い洞察力に感心する。自然と笑みがこぼれる程に。

「まぁな。けど安心しろ、俺はそっちの専門じゃない」
「そうですか、では私は貴方の言葉を信じてみますよ」
「俺に対して信じるって言葉は意味がないと思うぞ」

 誰だって裏切れる――大切な人のためなら。

「えぇ、わかっていますよ。その程度。けれど私は貴方のその性格の悪さに賭けることにしたのです」
「つまり性格が悪いから信じられると」
「そういったつもりですが」

 性格が悪いから、悪逆非道だからこそ信じられるものが唯乃にはあった。
 希望に溢れた人が、人々を守りたいと願う人が、悲嘆した人なら、ほんのはずみで、何かが起きた時に最後の希望に縋る気持ちで人形計画を再開する可能性がある。
 けれど、他人に対して何の感情も感慨も抱かない、目の前で人が死んでいても手を差し伸べることもしない、そんな人物なら人形計画に手を出す必要は減る。勿論悪用する目的があれば別だろうが、彼は人形を作るまでの時間を嫌うと判断した。
 だからこそ唯乃はこの場を律と二人で排除作業をしている。自分一人では時間と手間がかかる。なるべく早く主の元へ帰還したかった。

「賢明な判断だ」

 律は術を使い、火を作りだす。無数の火の球となり、律の四方を覆い、四方から火の球は直線的に放たれる。火は燃え移る。必要なものがなくなると今度は水を作りだし火の上に被せ消火する。
 是で人形計画の企画書をみることは出来なくなる。
 誰も知らない闇に葬り去る。

「術もお上手なんですね」

 唯乃は感心する。身軽さ、そしてあの戦闘能力に加え魔術を扱う。この男の底はまだまだ見えない。

「まぁこの程度はな。使えなきゃそれまでだ」
「貴方が力をつけたのは守るためですか? 大切な人を」
「いいや、俺が力をつけたのは自分自身が生きるためだ。貴族なんて魑魅魍魎の世界だ。俺の生まれた志澄家や、白銀、玖城、雅契にしたって何だって。他人のことを心配する余裕なんてないよ。自分が弱ければ殺される。生きる為には強くなるしかない」

 明日を生きるためには今日より強く。
 明後日を生きる為には明日より強く。
 そうして生きながらえる為に、力を手にした。


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