零の旋律 | ナノ

V


「全く。どれが本当の貴方なのか」

 その声は小さくてカイヤはとぎれとぎれにしか聞き取れない。首を傾げたが、槐は説明しない。

「では、参りましょうか」
「あぁ、悪いな」

 道中会話をすることがなく進む。しかし槐は会話のネタを探し考えていた。

「そういえば」

 そういって話を続ける。炬奈が別に会話を嫌っているわけではないからだ。

「馬鹿としか言いようがないですよね。態々雅契家に手を出すなんて」
「それだ、不思議に思っていたのだが何故、波場は難易度を自らの手であげた?」

 雅契にちょっかいを出すくらいなら、朧埼を誘拐しに強行突破した方が難易度はずっと下だと炬奈は感じているし、実際にその通りであろう。
 日鵺は過去にあった賊の事件で本家と分家を合わせても生き残りは炬奈と朧埼だけ。たいして雅契は本家と分家が勢ぞろいしているし、その総人数貴族の中で最も多い。最大の勢力を誇っているのだ。

「焦って正常な判断でも出来なかったんでしょう。波場の親友――房見の病気が悪化して、一刻の猶予もない状態でしたから」
「それにしたって雅契に手を出すことはないのに」
「全くです。どちらにしろ貴族に手を出していいことなんてありませんよ。本当に。悪事千里になりはしない、知っている人しか知らない魔の巣窟」
「同感だ」

 炬奈は頷く。日鵺はその悪逆さだけで言うならば雅契や玖城には足元にも及ばないだろう。けれど日鵺だって全て真っ当に貴族をやっているわけではない。
 炬奈とて人を殺したことはある。罪人の牢獄で、そして罪人の牢獄以外で。

「過去、白き断罪が政府の現状に嘆き、罪人の牢獄を滅ぼうそうと自らの命を投げ入れた人がいるそうです」
「……馬鹿な真似を」
「けれど、それを聞くと例えその行動が決して褒められるべきではなかったとしても、そう言った現状を改善しようとする人もいるんだなと思いますね」

 例えその結果が失敗だったとしても、その想いだけは本物。

「全くだな。想いも願いも違えば相対するのは必然、とでも言っておくか」
「えぇ」

 槐とは滅多に合わないが、それでも槐と会話をするのが炬奈は好きだった。

「そういえば潤は元気か?」
「相変わらずですよ。俺にもっと可愛い服を着れだの、髪を伸ばせだの」
「そうか」
「俺は男なんで是が妥協点です」

 そういう槐の髪は肩より僅かに長く、そして袖や服の間からはフリルをつけている。

「女装してもお前ならいけると思うぞ」
「潤の味方をするようなことをいわないでくださいよ」

 ため息一つ。

「お前らは特殊だからな」
「特殊なんて言われるものではありませんよ。俺のようなのが特殊に分類されるなら特殊と言われる人は五万といます」
「……そうかもしれないな。此処か?」

 同意したところで、槐が足を止める。
 それにつられて足を止め、そして前方を見ると廃墟となった建物が目の前にある。

「取り壊しはされていないのか?」
「是から、だそうですよ。だから潜むのには丁度いい」

 定番ですよね、といって槐は炬奈に笑いかける。

「では、行きましょうか」

 二人は波場の拠点に足を運ぶ――。炬奈は手に槍を握る。槐はホルスターにある拳銃に手をつけることはない。


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