零の旋律 | ナノ

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「成程ね。手を貸そうか?」
「ご遠慮したいところですが、施設も嘗てと同じ場所でやっているとは到底思えませんし、前回のことを全く学んでいないわけではありませんでしょうし、不本意ながらお手を拝借したいですね」

 丁寧な物言いながら、そこには決して律に対していい感情を持っていないのが明白だ。

「俺としても人形を放置して、相手の駒を増やすわけにはいかないから好都合だ」
「駒、ですか。酷い物言いですね」
「その辺の言葉遣いを俺に訂正させるのは無理だな」
「わかっていますよ。今から?」
「早い方がいいだろう」

 律は立ち上がる。けれど炬奈はまだソファーに座ったまま立ち上がる気配は見せない。唯乃の話が終わったとしても、炬奈の話が終わっていないからだ。律は再びソファーに座り炬奈に目配せをする。

「お前が何をしようとしているのかに興味はないが、一つ伺いたい」
「波場、のことか?」
「やはり知っていたか。何者だ?」

 朧埼を誘拐しようと企んでいる一派。組織が壊滅したところで、誘拐そのものが実行される恐れがある。

「組織の幹部の中でも結構な地位にいる男だ。フルネームは波場毅一(はば きいち)、幹部の中でも結構な地位にいるからか、波場を支持するグループがいる。そして波場の同期の人間、房見定志(ふさみ のぶ)が重病でぶっ倒れた。波場と房見は同期にして親友だ。その重病を治す為に唯一の治癒術の使い手朧埼を欲している」
「成程」

 朧埼の治癒を使えば、房見定志の重病を治せるかもしれない。再び一緒に親友として隣を歩くことが出来るかもしれない。一塁の望みをかけて、朧埼を狙っている。
 炬奈は理解した。炬奈には疑問に思っていることがあった。静香との会話で。もしも組織全体が朧埼を欲しているのなら、狙っているのはと態々名前を上げる必要はない。だからこそ炬奈は一部の人間のみが朧埼を欲しているのではと推測していた。律の証言によりそれは確証へと変る。

「満足か?」
「出来ればそいつらの居場所を知りたいところだがな」
「吉報を教えてやろうか?」
「何だ?」

 律の吉報が本当に吉報か、甚だ疑わしい所だったが、炬奈はまだ大丈夫だと踏み込む。

「それに関して朧埼は誘拐されずに済みそうだぞ」
「どういうことだ?」
「実はな、房見を治す為に波場は少々無茶をやらかしたらしい」
「無茶とは?」
「雅契家にちょっとちょっかいをな」
「ご愁傷様」

 本気で炬奈はそう言った。雅契家、玖城、志澄、白銀には何があっても手を出してはいけない一族だ。
 敵と認識されれば滅ぼされる。組織のように。

「だから今、雅契の分家が始末に向かっている。怱々気にしなくても大丈夫だろう。もしも気になるなら居場所を教えてやるから分家の人間と一緒に行って来い」
「あぁ、そうする。居場所を教えてもらう」
「ってか手っ取り早くカイヤんとこいけよ」
「……それもそうだな」

 態々居場所を教えてもらうまでもない。直接雅契家を訪ねればいいだけ。

「因みに、詳細を言うとお前らが組織を襲撃した直後に、組織の大半を失い慌てた波場が雅契にちょっかいを出した形だ」
「……いくら慌ててもカイヤにちょっかいを出したら駄目だろ」

 思わずため息をつきたくなる。裏組織であれば、貴族の顔等嫌でも知っているだろう。雅契や志澄がどういったところか、敵に回すとどうなるかを。


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