零の旋律 | ナノ

第四話:手に入れたかったもの


 砕け散った欠片を集めたのに
 砕け散った欠片は元には戻らなかった。
 砕け散った欠片を戻したくて、取り戻したくて――。


 夜が明ける。彼彼女は日鵺の屋敷に広がる庭園にいた。
 そこに千歳の墓を建てる。今は簡易なものだが、いつかしっかりした墓を。黙祷する。
 遊月の瞳は僅かに赤さが残っている、けれどそれでも気丈に振舞おうとしているのが目に見えた。
 一面には花が咲き誇る。庭園で一番綺麗な場所を炬奈は選んだ。

「……千歳と再会できたのにすぐ別れちまった」

 遊月の言葉からは後悔の念が端々から感じられる。唯乃は佇んだまま何も言わない。もしあの時自分が都鳥を殺さなければ、荻羽は無数のナイフを投げることはなかった。 それはつまり千歳が死ぬ可能性を一つ減らせたということ。
 遊月はそのことに気がついていながら何も自分にはいってこない。それが唯乃には苦しかった。
 責めればいいのに、遊月はそれを一切しない。全ては自分の責任だと背負いこんでいる。
 その背に背負っているものを分かち合いたかった。
 唯乃にとって遊月はただ一人の主。生涯仕えると決めた人。その人が今目の前で苦しんでいるのに、何も出来ない自分が無力で。

「でも、千歳は後悔していないと思うぜ」

 沈黙を破ったのは朧埼だ。

「俺も千歳も弟だ。だからわかるよ。後悔していない」
「だが、あいつはまだ十六だ。是から色々なことがあったはずなのに」
「お前だってまだ若いだろう。って違うよ。そういうことじゃない、兄は最期まで自分をしっかりと守ってくれた、だからこそ後悔していないんだ」

 生きていられるなら生きていたかったに決まっている。
 けれど、今回は兄に裏切られることはなかった。兄は自分の身を呈して弟を守った。心から、心の底から。

「無数に降りしきるナイフに怯えることもなく、自分を庇い続けた兄に、弟は最期まで守られた」

 朧埼は自分の気持ちを語る。
 もしも自分と炬奈が同じ状況だったとして、自分は姉に恨みを持たない。自分は後悔しないだろう。
 命をかけて守ってくれた姉に感謝こそすれ、後悔と恨み、憎しみ、憎悪、怒りは抱かない。

「和解出来たじゃん」

 本当はもっと色々語りたかっただろう、是からのこと、これまでのことを。二人の兄弟は是からが出発地点だった。けれど、出発してすぐに終点を迎えた。
 遊月は強く拳を握り占める。

「……唯乃、私は少し出かけてくる」

 炬奈はこの状態の遊月は連れていけない、そう判断して一人ある場所に向かうことにした。しかし唯乃はそれを承諾しなかった。

「私もついてきましょう。貴方一人では心配です」

 何処に行くか見当がついたからこその言葉だ。炬奈は苦笑いしながら承諾する。
 遊月には朧埼がいれば大丈夫。そして朧埼には遊月がいれば大丈夫。そう二人は確信したからこそ、その場を後に出来た。
 炬奈が真っ直ぐに向かった先は貴族の屋敷。志澄家(しずみ)。
 志澄家の門を叩こうとした時、後方から見知った気配がして炬奈が振り向くと後方から律が歩いてくるのが見えた。此処は律の屋敷だ。
 律に会いに来た。態々赴かなくとも律は此方に来た可能性は高い。けれど遊月と律を対面させたくなくて、炬奈は自ら赴いた。唯乃もそれを察したからこそついてきた。主を律とは合わせられない。
 会えば何かしらひと悶着が起きたことだろう。


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