零の旋律 | ナノ

V


「千歳、千歳目を覚ましてくれ!!」

 取り乱す遊月に対し唯乃は何も言えない。
 何も言うべきではない。そしてかける言葉も見つからない。

「ちとせ!!」

 夜に響く遊月の叫び声。瞳から零れ落ちる透明な雫。

「……千歳お前……やっと兄を取り戻せたのに」

 静香も悔しそうに唇をかみしめる。ずっと千歳を傍で見守ってきたのだ。
 だからこそ、千歳を守ろうと戦った。なのに結局千歳を最後まで守りきってやることは出来なかった。

「なぁ、千歳返事をしてくれよ」

 いくら声をかけたところで千歳は返事をしない。

「どうしてだよ、どうして……ま、守ってやれなかった、なんでだよ。なんで俺は守ってやれないんだよ、たった一人の弟を」
「……」

 静香は一人その場を後にしようとする。

「何処に行くんだ?」

 炬奈が怪訝そうに声をかける。この場で静香が離れる理由がわからなかったからだ。
 遊月は静香が移動しようとしているのも――否、炬奈たちがこの場にいることすら眼中に入っていない様子だった。全ては蚊帳の外の出来ごとのように。

「荻羽を追う」
「だが、勝てるのか?」
「勝てる勝てないの問題じゃない。荻羽は最後にしなくてもいいことをしたんだ! ナイフを無数に投げる必要はなんて何処にもなかった! 単純に逃げていれば良かった。それくらいのことが出来る実力があいつにはあるんだから!」

 拳を握りしめ、悔しさに叫ぶ。

「例え、都鳥が殺された復讐だったとしても、状況的に御相子だったとしてもだっいいやそんなことはないが……。俺はそれを許してやるほど心は広くない。なかったことになんて出来ない。だから俺はこの組織にいたんだ」
「なら、なおさらお前はこの組織を抜けられないんじゃないか?」
「いいや、この組織はもう終わりだ。此処まで壊滅的打撃を受けた。復活するにしても何年も先のことだよ。武道派として有名だった都鳥は死に、荻羽が脱退した今。荻羽は俺がこの手で殺す」
「……」

 炬奈は何も言えない。自分自身復讐者だ。静香が復讐のために動く理由を痛い程理解してしまう。
 だからこその無言。静香はそれを理解しているのか、していないのか歩きだす。
 しかし途中で一旦止める。

「朧埼を狙っている組織の連中の名前は波場(はば)。気をつけておけ」
「波場……」
「日鵺の連中を狙っている一派は此処に今いない。別の場所で朧埼君を誘拐しようと画策を練っていたはずだ。それが裏目に出たのか、幸いとなったのかはわからねぇけど」
「情報感謝する」

 波場、波場と忘れないように繰り返し呟き心に刻む。その間に静香はその場から姿を消した。
 後に残る場所。喪失感が漂う。


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