零の旋律 | ナノ

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「馬鹿寄せ!!」

 荻羽も動き出したが遅かった。
 荻羽が庇う前に唯乃は動く。荻羽が動くのを態々待つほど唯乃は親切ではないし、敵に情けを持っているわけでもない。都鳥を唯乃は主の邪魔をする敵だと認識している。
 唯乃は再び髪の毛を鋭利な刃物へと変質させる。先ほどより細かく線密に作り上げる。
 無数の刃は都鳥を突き刺す――。

「なっ」

 都鳥はそのまま地面に倒れる。支えてくれる相手はいない。地面に叩きつけられるだけ。

「都鳥!!」
「主の邪魔をするものは何人たりとも許しません」

 唯乃は淡々と告げる。荻羽は怒りがこみ上げてくるのを必死に抑える。冷静に努めようと深呼吸をする。
 怒りで我を忘れるな、と自分に繰り返し問いかける。

「貴方は存外冷静なのですね」

 味方を殺すつもりはないが、敵を生かしておく必要はない。後後障害となるのなら、最初に殺しておく。
 邪魔をされないために、自分たちが困らないように。
 唯乃は髪の毛に意思があるかのように動かす。荻羽はその様子に一歩動けば殺される。そんな錯覚とも現実ともわからない気持ちを抱く。
 自分より年下に見えるこの女性は一体何者か。

「ちっ……百花!」

 荻羽がナイフを空に投げつける。するとナイフは枝分かれしたように増え無数のナイフが流星のように彼らに向かって降り注ぐ。
 唯乃はナイフが降りしきる中、荻羽がこの場から立ち去って行くのを瞳で追う。

「お兄ちゃんっ!」

 声が聞こえる――。聞こえた気がする。錯覚か、事実か。夢か現実か。
 無数の――数百といっても差し支えないナイフが降りやんだ時。遊月は千歳を庇う形で抱きしめていた。けれど全てを抱きしめきれることはなくて――千歳の背中に数本のナイフが刺さっていた。手を伝わってくるのは生温かい血。千歳の血。

「お兄ちゃん、守ってくれて有難う」

 それが最後の言葉だった。ぐったりと力なく横たわる千歳。
 目の前の現実が信じられなくてただ呆然とする――。

「千歳!? 千歳!?」

 千歳の名前を連呼する悲痛な叫び。炬奈は両腕から血が滴るのを無視し近づく。足もやられたのだろう、右足を引きずっている。唯乃に目立った外傷はない。所々服が破けている程度だった。朧埼は右足、左肩と無数の傷を負っていたが、千歳の怪我を治癒した後、邪魔にならないように離れた為致命傷とはならなかった。
 静香は全てのナイフを交わしたのか、最初に荻羽につけられた怪我以外目立った怪我は見られなかった。

「千歳!?」

 静香も声を荒げる。千歳は眼を瞑り、何の反応も示さない。

「おいっ千歳!」

 音音は繰り返し叫ぶ。現実だと認めたくなくて。やっと兄弟として再会したのに。
 守りきれなくて、守ってやるといったのに千歳を死なせてしまった。千歳ともっと色々なことを話したかった。是からもずっとずっと――。一緒にいたかった。


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