零の旋律 | ナノ

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「大丈夫か?」
「……なんとかね」

 千歳が年相応の笑みを見せる。それが朧埼には切なくて。

「……お前」
「僕は、満足だよ」
「……」
「有難う」

 お礼の言葉が切なくて。その時鈍い音が響く。
 静香が狙撃銃を地面に落した音だ。右腕を左手で押さえている。鋭く横に斬り裂かれた傷口。
 静香の後方にはナイフが地面につき刺さっている。

「……荻羽(おぎは)」

 静香は前方を忌々しそうに睨む。

「静香、お前は一体何をやっているんだ? 不法侵入者を庇ってあまつさえ味方を殺しているだなんて」

 静香と同世代に見える青年は、笑っていた。この場では不自然な程笑っていた。静香は一歩下がる。

「見ての通りってしか答える術ないんですけど。というか何で荻羽が前線に出てきているのさ。君は幹部でしょ」

 荻羽の手には無数のナイフが握られている。先ほどもそれで静香を攻撃したのだろう。

「仕方ないだろう。そこのおねーさんが、手下どもをあらかた片付けてしまったんだから」

 荻羽の視線が唯乃へ移る。唯乃は応戦中だ。先刻までの相手より手ごわいのか、一人の人物に集中している。残りの相手は炬奈が対応していた。

「都鳥(とどり)まで出張ってくるとはな」
「都鳥までって俺と都鳥は二人で一組よ」

 唯乃が戦っている相手――都鳥も荻羽同様幹部の、中でも武道派として知られる人物だった。
 荻羽はナイフでお手玉を始める。静香や他の侵入者たちに対して余裕なのだろう。

「たくもー。なんでお前らがやってくるかね」

 静香は観念するポーズを見せた後、手をそのまま眼鏡に持っていく。

「何、素顔こーかいみたいな?」
「常に素顔公開しているだろ」

 どんなだ、と言いながら眼鏡を外し。眼鏡を大切そうに懐にしまう。

「何してんだ?」
「壊れたら困るから」
「はぁ?」
「この眼鏡ね、形見なんだよ」
「見えるのか?」
「生憎、度が入っていない伊達眼鏡なんだよ。どっかの誰かとは違って」
「は?」

 大切な人から貰った形見。その人のことが忘れられずに、その人のが殺されたことが許せなくて、諦めきれなくて復讐する道を選んだ。小型の拳銃を取り出す。この距離では狙撃銃は不利だと判断して。

「ほぉ、感心感心。幹部相手にまだ闘争心をお忘れにならないとは!?」

 静香から一瞬視線を外す。けれど静香も同時に荻羽から視線を外していた。
 都鳥が肩膝をついている。唯乃の髪の毛が都鳥の身体を貫いた。
 都鳥は無理やりそれらを引き抜き荻羽の隣に立つ。

「大丈夫か?」
「なんとか」

 荻羽は初めて見る唯乃の攻撃手段に目を細める。一体何が起きたと怪訝する。
 都鳥の傷口をその後見る。見た目より傷口が酷いことがすぐに理解出来た。血の量が多い。
 今すぐ傷の手当てが必要だろう。けれど荻羽がそれを口にする前に都鳥が再び唯乃に向かっていく。
 傷口が広がるのも、血が滴るのもお構いなしだ。幹部である自分を傷つけたことが許せなかったのだろう。
 だからこそ、荻羽の制止も耳を貸さずに飛びかかった。


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