零の旋律 | ナノ

第三話:唯一無二の


 炬奈が走り出した直後、上から一人の人物が降って来る。
 今度は墜落することなく、着地する。

「……千歳」

 黒髪に桃色の瞳――静香だ。眼鏡が影となり表情が良く見えない。

「お前……じゃないよな?」

 殺気を籠った瞳で遊月は睨む。返答を誤れば、鋭き刃が静香の喉元を貫くだろう。

「俺じゃないよ。俺はこいつを殺しはしたが」

 そう言って、静香は地面に倒れている人物を指差す。

「で、千歳を撃ったのがこいつ」

 同じ人物を指す。それは、この人物が千歳を撃ったから静香が殺したことになる。

「静香……。何故僕を助けたの?」

 今の裏切りが上層部に知られれば無事では済まない。裏切り者として仲間から始末される。

「別に、俺のことなんて気にするな。千歳は喋るな。折角素直な気持ちになれたんだからな」

 限られた時間が少ないのならば、残り僅かな時間は兄弟水入らずにしたい。
 組織の人間が足音を立てて無数にやってくる。静香は狙撃銃を構え、やってくる敵を片っ端から打ち抜いて行く。寸分の狂いもない。

「凄いなあいつ」

 素直に感嘆する遊月に千歳はくすりと笑う。それは遊月が千歳と再会してから初めて見せる笑み。

「静香は強いよ。幹部連中と互角以上にやりあえるくらいね」

 幹部の人間と同等に戦える実力を保持しながら、幹部になることを望まなかった稀有な存在。それが静香だ。飄々として、竹のようにしなり本心を隠しながら組織にい続けていた。

「そうか」
「うん。僕の面倒を見てくれた人でもあるからね」

 多分静香がいなければ生きていけなかったと付け足す。

「いい奴に会えたんだな」
「うん」
「……千歳は俺が嫌いか?」
「ううん。嫌いなわけないじゃない」

 出血は止まらない。遊月はより一層強く抱きしめる。

「ただ、僕は認められなかっただけ。貴方……お兄ちゃんを」
「千歳……」

 お兄ちゃん、その言葉に思わず涙腺が緩む。

「でも、わかっているよ。生きていくのが困難だったのは僕だけじゃないって。でもあの時お母さんから逃げたお兄ちゃんが許せなかった」
「うん」
「でもね、嫌うことなんて出来ないんだよ」
 ――だって僕はお兄ちゃんが大好きだから
「俺だってお前を嫌うことなんてないさ」

 銃撃が響く空間の中でそこだけが別世界のように感じる。静香の手によって、組織の人間はなすすべもなくやられていく。

「僕を、……守ってくれる?」
「あぁ、勿論だ」
 ――今度こそ、今度こそ守ってやる。一緒に暮らそう。
「有難う。それだけで僕は嬉しいよ」
「……朧埼、早く……」

 出血は酷くなっていくばかり。留まることを知らない。千歳を救える唯一の可能性がある朧埼の名前が自然と零れていた。

「有難うお兄ちゃん」

 間にあったところで状態が酷ければ朧埼には救いようがない。死者を蘇らせることは出来ない。

「千歳っ」

 駆け寄って来る足音がこだまする。静香はその方向に銃を構えたがすぐに位置をずらす。
 敵ではない。かといって、静香の味方でもない。

「遊月!」

 朧埼、炬奈が続く。その少し後ろで――迫ってくる敵と唯乃が応戦している。唯乃が少しでも早く遊月の元に辿りつけるように考慮した結果だ。朧埼も唯乃も怪我一つ負っていない。

「待っていろ! 俺が今!」

 千歳に駆けより、朧埼は術を使う。淡く発光する光は優しく千歳を包み込み癒す――。
 傷口はあっという間にふさがり、血が止まる。けれど朧埼の力をもってしても、失った血は戻らない。
 千歳の顔色が青白いのが、夜の暗さも手伝ってよく映る。


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