零の旋律 | ナノ

V


「僕だって何度だって断るよ。此処が僕の居場所で此処が僕の死に場所だ」

 今度は威嚇ではない。遊月の右太ももを狙って打つ。銃弾は遊月に着弾する。けれど遊月は顔を顰めただけで足を止めない。近づいてくる遊月に千歳は後方に下がって間を開ける。

「俺は」

 ある一定の距離まで近づいたところで足を止めた。

「俺は罪人の牢獄にいた」
「……!?」

 遊月は告白することにした。包み隠さず今までの自分を千歳に知ってもらうために。
 何も話さずして千歳の頑なな心をほぐすことはできない。

「お前と離れ離れになった後、俺には生きる術がなかった。俺は父親に引き取られたが、父親と一緒に暮せたもの僅かな時間だった。それ以降は生きるために盗みを働いたりして生きてきた。けれど餓鬼のする盗みだ、捕まらないはずがない。暫くしてから俺は捕まった。政府は犯罪者を罪人の牢獄に送る。俺は餓鬼でも関係なかった。罪人の牢獄は……」
「罪人の牢獄は罪を犯した人が送られる地。けれど、そこは街が存在していて運が良ければ生き伸びられる場所」

 千歳が続ける。どうやら千歳は罪人の牢獄の実態を知っていたようだ。

「知っているのか?」

 本来これは極秘情報で一般の人が知ることはまずない。

「裏の組織にいれば、その辺は知れるよ。でも他の人に知れ渡らないのは、それは表と裏だから」
「……そうか。俺は当然街までたどり着けるような体力も力もない。腹も減って動けない。このまま此処で死ぬんだと思った。第一人なんかいるとは思ってもいない」
「なら、どうして助かったの?」

 小さい子供が生きていられる程生易しい場所ではない。

「簡単だ。手を指し伸ばしてくれる人がいたからだ」
「手を?」
「といっても善人ではないぞ、善人の皮を被った悪魔といっても過言じゃない。いや、善人の皮すら被っていないな。だが、俺にとってあいつが何者でもなんでも構わなかった。生きていられれば」
「生への執着」

 それは千歳も同じだった。生へ執着していたからこそ、生きるために組織に身を委ねた。
 例えそれが死と紙一重の場所だったとしても、任務を達成し続ける限りは生きていける場所。任務を達成できる限り生かして貰える場所。

「あぁ。そうだ。だから俺は手をとった。その後、俺は力を得るために……実験の研究を手伝うことを承諾した」

 力が欲しかった。誰にも負けないような力が。この地で生き伸びる為に。生きていくために。死なないために。

「その結果。俺は――心臓を失った」

 心臓なくしても生きるこの身体は、怪我をおっても暫くすれば完治する。心臓を貫かれても死ぬことはない。

「心臓を?」
「あぁ。その変わり戦闘で負けることは殆どない。怪我を負っても回復するし、心臓を貫かれても生きていることが出来る」

 けれど、その代わり心臓を失った。自分の心臓に手を当てても鼓動は成らない。
 心臓を失った自分は一体何者なのだろうか、そう思い悩むようになった。
 失ったものへの執着が生まれた。
 取り戻したくなった。再びこの手で鼓動を聞きたい。


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