X 今度こそは――そう思っていたのに。遊月は千歳との間に深い溝があるのを感じ取った。 扉が開く音と閉まる音がする。千歳は屋敷の外へと出て行った。 目の前にはまだ静香が残っている。てっきり千歳と一緒に岐路につくものだと思っていた。まだ岐路につかないということは、目的が残っているということ。 その目的を尋ねる前に静香は口を開いた。 「実は俺たち、そこの日鵺君の少年の誘拐を頼まれているんだよねぇ」 呑気に、事も何気に告げる静香に反撃する隙を炬奈は失う。毒毛を抜かれた。 「まぁ、今はやるつもりはないから安心して」 「安心する保証も、確証も何処にもないが?」 努めて冷静に炬奈は応対する。 「そりゃ、そうだけどそれは言葉で信頼して貰うしかない」 「悪いが私は日鵺家当主だ、簡単に他人を信頼などしない」 「ならば、利害関係が一致した相手は信頼するのか?」 「なっ」 炬奈は絶句する。見抜かれている――この会って間もない青年に。 「俺、人を観察するの好きなんだよねぇ。まぁそんなことは置いておいて。遊月君。千歳は」 一呼吸置く。 「千歳は別に兄を嫌っているわけじゃないよ」 「本当か?」 遊月は食いつく。それは本当なのだろうか、嘘ではないのか疑う。 「嘘を言っても仕方ないでしょ。ただ千歳は認めたくないだけだよ。だって千歳は今までの人生を全てあの組織で過ごしてきたっても過言じゃない」 千歳は遊月と離れ離れになってから、生きていくために組織に身を置いた。 「兄は死んだ。自分に手を差し伸べてくれるものは誰もいない。そう信じて思い込んで組織の中で生き残ってきたんだ。それなのに実は兄が生きていた。そんなの簡単に認められる感情じゃないだろ」 「……」 「それに、認めたら千歳は組織の中で生きていくことが出来なくなる。今まで限りなく消そうとしてきた感情を再び開封することになるんだからな」 複雑な想いが絡みあって。深く深く、抜け道を亡くしていく。昔に消えたと思っていた道標が突如として具現した。 自分の思いを千歳は整理しきれていない――。 「なぁ、お前はどう思う?」 「俺個人の思いを聞いているのか? それとも組織としての総意を聞いているのか?」 どちらを聞いているかなんて明白で、それでも静香は確認する。 「勿論お前の意見だ」 「俺個人がお前らに対しての意見を言っても構わないのか?」 「構わない」 自分自身よりも静香は長い間千歳と一緒にいた。そう信じている、だからこそ此処に来たと。 静香の意見が聞きたかった。 「俺個人としては、千歳はお前らといるべきだろうね」 「……!」 「何をそんなに驚いているんだ。大切だと思える人がいるなら、その人と一緒に行動した方がずっといいよ。失った後に後悔しても、その人の隣を歩くことは出来ない。千歳をお前は大切に思っている。千歳も嫌っているわけじゃない。なら一緒にいればいい」 ただ、といって静香は続ける。 「組織は一度入れば脱退は死あるのみ。千歳を組織から抜けさせるのは千歳の意見を含め難しい問題だろうな」 静香は背伸びをする。遊月は深く考え込む。どちらにしても組織にいる以上は――。 [*前] | [次#] TOP |