零の旋律 | ナノ

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 あの日、沈んだ面持ちでやってきた。理由を問えば助けて貰った人を助けることが出来なかった。
 ほんの一時だったけれど、その時現実を忘れていられたと。夢に浸っていたと、彼は確かにいった。

「……」

 思い出した。篝火という名を。面識はない。ただ一度だけ自分が唯一大切だった人から聞いた名前。そして大切な人はもういない。

「炬奈、一か月と一週間後」
「何だ?」
「一か月と一週間待って。今やっていることがひと段落したら罪人の牢獄に行く。僕が君たちの望む結界と幻術を解除してあげる。代わりに篝火の所まで僕を案内しな」

 もしかしたら、彼は知っているかもしれない。罪人の牢獄で、二年前に夢華に何があったかを。勿論カイヤは情報屋玖城家を使って情報をあらかた入手している。
 その情報が正確無比だったとしても、他に夢華を知っている人がいるなら、夢華の話しを聞きたかった。
 二年より昔、夢華を助けた人物に会ってみたかった。
 それだけの理由があればカイヤは罪人の牢獄に行くのに充分だった。充分過ぎた。

「な……!」

 信じられない形相で炬奈はカイヤを見る。

「何、僕はその篝火に会ってみたくなったんだよ、それだけで充分でしょ」
「助かる」

 下手なことを言って、カイヤの気が変わっては困る。炬奈は素直に頭を下げる。

「じゃあ、一か月と一週間後僕の家に来て」

 カイヤは応接室から退室する。
 執事がいれてくれた紅茶がすっかり温くなった気分だ。

「一か月と一週間か、丁度いいかもしれないな」

 遊月がそう呟く。

「何故ですか? 主。早いなら早いに越したことはないでしょう」
「余りに早ければまた情報不足で罪人の牢獄に行くことになる。その間にやるべきことをして、出来る限り情報を集めておく。その方が二の舞を踏まなくて済む」
「成程。そういうことでしたか」

 唯乃は納得する。限られた時間内でどれ程情報を集めることが出来るか。

 そうして一か月の月日が流れた。
 各々出来る限り情報に渡す対価を集めていた。
 けれど、その対価も必要なくなるかもしれない。律がある組織を壊滅状態にしたら欲しがっている情報をくれると申し出たからだ。


「カイヤに律か……約束は守るだろうが信頼は出来ない」

 カイヤと律の印象を素直に告げる。カイヤ本人が目の前にいたら怒っただろうか、否恐らくは笑って気にも留めない。ならば雅契家に仕える人はどうだろう、唯乃は想像するが、あの当主を考えると同意するのでは、そう思えた。
 律自身も気にも留めることなくご名答と言っただろう。


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