零の旋律 | ナノ

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「カイヤ、私たちと共に罪人の牢獄に来てほしい」
「はぁ!?」

 直球過ぎる炬奈の言葉に、カイヤは思わず声を上げる。重心を乗せていた杖のバランスを崩しそうになり、慌ててバランスを取り直す。

「一体どういうこと? 僕は別に罪人の牢獄に行く用事なんてないよ」

 じゃあ用事があったら行くのかよ、と喉まで出かかった言葉を寸前で遊月は飲み込む。
 カイヤの事が苦手なのか、朧埼は黙ったままだ。

「ある結界と幻術を解いてほしい。そこいらの術者じゃ解けない最高位クラスの術が貼られていてな、それを解除できるのがお前だけ、だと思ったからお願いにきた」
「ふーん、結界と幻術ねぇ。多分僕なら問題なくとけるとは思うけれど、別にそれって僕が手伝って上げる義理はないよね?」
「あぁ」
「僕の性格を知っている炬奈なら、お願いするためだけに此処に来たわけじゃないでしょ? 条件ってか対価は何?」

 最初雅契家当主が姿を現した時、遊月は炬奈の言っていた印象とは随分違う、どちらかと言うと純粋で無邪気な印象を与えていた。しかし実際に会話をしてみると言葉の端々に炬奈の言っていたことが正しかったと感じる。雰囲気が、その無邪気な振舞いが遊月にそう感じさせていた。

「……」

 炬奈は頼まれた物があった。けれど、それだけのためにカイヤが罪人の牢獄に赴いてくれる保証は何処にもない。むしろ無いに等しかった。だから別の交渉材料が必要、けれど現状でそれを用意する手はずはない。だからこそ――。

「お前に渡したい物があるといった罪人がいた、それを取りに来てほしい」
「それって条件じゃないじゃん」
「あぁ、しかしカイヤ、私は一つ不思議に思っていることがある」

 それは何故、疑問。

「何?」
「お前は罪人の牢獄に知り合いがいるのか?」

 しかも罪人の牢獄で。渡したいものがあると言われた、普通ならそんなことは起こり得ないだろう。
 ましてカイヤは雅契家当主。

「いいや。僕が親密にするような相手を僕が罪人にするはずがないじゃないか」

 罪を犯しても、カイヤが味方であれば罪人になるはずがないということ。隠蔽工作だろうが、隠匿だろうが、カイヤが味方であればカイヤが罪そのものをもみ消しただろう。けれど相手が罪人の牢獄にいるということは、そういうことではない。

「だよな」
「いちおー聞いておくけど、その罪人の名前は?」
「篝火だ。名字までは知らない」
「篝火、篝火篝火……」

 その響きに、カイヤは手を顎に当て考える。何処かで昔その名を聞いたことがあった。昔の記憶を手繰り寄せる。白。薔薇。白。儚さに微笑んだ。従兄弟。夢の花、確かにそこに存在していたのに、決してその存在を自ら否定していた。ただ一人自分の大切な人――。
 曖昧な記憶は徐々に明確になっていく。


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