零の旋律 | ナノ

V


 少年――千歳は走っていた。同業者に自分を狙撃した理由を問い詰める為に。

「静香!! 何故僕を撃った」

 アジトに戻り、その人物の部屋を訪れ開口一番に問い詰める。扉を勢いよく開いた関係で、結構な音がしたが、幸いなことに周りには誰もいない。もし、誰かが近くにいたら何があったと問い詰められていたことだろう。

「別に致命傷じゃないんだから、いいじゃん」

 静香と呼ばれた人物は、二十代中ごろに見える容姿、黒いスーツに身を包み、ふちなし眼鏡を着用している。黒髪に桃色の瞳、何処か子供っぽさを醸しながら笑う。悪意の欠片もない。

「そういう問題じゃない。それに僕はマゾじゃないんだから、痛いのは御免だよ」

 依頼主のもとにいた感情を感じさせなかった時とは違い、年相応の感情を垣間見せる。

「悪い、悪い。あの時手っ取り早く戻って来て貰う為には狙撃した方が早いかなぁと思って」
「……静香、僕に一発撃たせて」

 利き手じゃない手で拳銃を構え静香の腹部に当てる。

「ちょっと待て待て、止めろ止めろ」

 慌てて制止させようとする静香の様子に、思わず千歳は微笑する。

「悪かったよ。今度何か奢るから許してや、千歳」
「その名前で……呼ばないで」

 嫌そうな、そして寂しそうな顔で千歳は名前で呼ばれることを拒む。
 その名前は昔に捨てた、捨てられた。

「千歳は千歳だろ。どうせ俺とおまえは同じ穴の狢なんだしよ」
「……」
「ほらほら、朝飯行くぞ」

 まだ夜中のままだけど、そう言いたげな顔をする千歳に、静香は子供をあやすように唇に指をあてる。

「次の依頼の内容を話すから。ほら、腹が減っては戦は出来ないだろ?」

 ちゃかすような態度に、千歳は渋々静香の後についていく。


+++
「遊月、良かったのか? あんな怪しい物を受けて」

 炬奈は念を押すように問う。どの道受けるしか選択肢がなかったとしても、だ。

「あぁ。いいさ、まだ期間はある、その間にやれることならやっておいた方が好都合だ」

 期間、それは雅契家当主が示した罪人の牢獄に行く日のこと。
 一か月前――罪人の牢獄から戻ってきた四人が最初に向かったのは雅契家当主がいる屋敷だ。
 最初遊月は門前払いでも受けるかと思ったが、日鵺家当主と炬奈が名乗ったところですんなりと屋敷内に通して貰うことが出来た。普段、炬奈と一緒に行動しても感じなかった貴族の力を実感する。
 応接室に案内され、そのままその場で待つようにと執事から告げられる。
 数分後、応接室に一人の人物がやってきた。
 その風貌に遊月は顔を顰める。予想よりずっと――若い。
 最も炬奈は炬奈でまだ十九だ、他の当主がその辺の年齢だったとしても不思議はないのだが。

「炬奈久しぶり。何、また罪人の牢獄に行くから岐路が欲しいとかそんなん?」

 開口一番、雅契家当主は手にしている青白い棒を杖代わりにして重心をのせる。

「似たようなものだが、内容はもっと濃い」
「濃いってどういうこと?」

 雅契家当主は炬奈が何を望んでいるのか。何を自分に求めているのかわからず首を傾げる。
 その動作が当主らしくなくて、遊月は思わず苦笑してしまう。

「ちょっと、何。僕の動き変だったの? そこの人っ」

 遊月は名指しされた。

「いや、別に……」

 何と答えればいいか、わからずに――下手に機嫌を損ねて可能性を潰すわけにはいかずに、曖昧な返事になる。


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