零の旋律 | ナノ

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「問題ない。泉がそんなヘマをするわけがないからな。それとそこの人形」

 炬奈が依頼した人形のことを指しているのでは当然ない。
 誰のことを指しているのか一番に理解した唯乃は怱々に口を開く。

「何でしょうか」
「最高の成功作にして最大の失敗作の人形に教えてやる。これは泉の情報じゃない。人形が再び動きだした」
「どういうことですか!?」

 唯乃にしては珍しく声を荒げる。その様子に遊月たちはぎょっとする。取り乱す唯乃の姿は遊月とて今まで一度も見たことはない。

「政府が今一度人形を活躍させようとしている。サンプルはいくらでもあるからな」
「再び、同じことを繰り返すのですか」
「だろうな。同じ結果にならないことを願って、同じことを繰り返すんだ。結局妄想を追い続けているにしか過ぎない」
「何故、断言できるのですか?」

 唯乃と律の会話は当人たち以外には理解出来ない。耳を澄ますだけ、少しでも理解しようと必死に。

「俺はこれでも研究者だ。それに人形に関しては成功するはずがないんだよ」
「私のような例外が生まれる可能性は?」
「ある。確率を立てればそれは本当に低いけれど、お前が存在する以上その可能性は零ではない。ただ、それ以上の成果を望むことは出来ない。それ故に再び同じことを繰り返すだけだ」
「ご忠告有難うございます。つまり――私に人形計画を滅ぼして欲しいのですね?」

 律の真意を唯乃は読みとる。値踏みをするような視線が律から突き刺さる。

「ご名答」
「まぁ私としてもそのことを放置するつもりはありませんが、しかしそれは優先順位として最上位にいるわけではありません」

 唯乃にとって、まず何よりも優先すべきは主――遊月の望み。

「知っているよ。ただ教えておいてやろうと思っただけだ」
さて、といって今度は遊月の方を向く。
「何だ?」
「朧埼を誘拐しようとしている組織にお前の弟が所属している」
「な、なんだと!?」
「泉から聞いた情報だから間違えない」
「……何故、それを俺に教える」

 もしも、今の話が本当なら自分はどのような行動に出るべきか、遊月は思い悩む。
 千歳は気付いているのか、自分が兄だということに否。千歳は間違いなく気がついているそう確信が持てた。名前を名乗った時、千歳は確かに自分に反応した。その意味が今なら理解出来る。遅すぎる理解だ、と遊月は自嘲する。

「その組織を炬奈たちと一緒に滅ぼして欲しいからだ。もしそれが成功した暁にはお前らが欲しがっている情報を泉が対価として教えるとさ……俺がそう交渉した」

 悪い条件じゃないだろう? と笑う律に、それは弟を殺せということか、と叫びそうになる。ぎりぎりの所でそれを抑えた。しかしそれを見抜いているか律の笑みは深くなる。


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