零の旋律 | ナノ

第六話:絡み交錯する


 庭園に出た処で唯乃と遊月は咄嗟に身構える。
 誰か――いる。
 庭園に悠々と佇む、その青年は彼らを待っていた、といわんばかりに微笑んだ。その笑みは邪悪で緊張が生まれる。

「お前っ」
「なんで此処に!?」

 朧埼と炬奈が同時に叫ぶ。

「律!!」

 朧埼の形相に遊月は敵か、と判断し爪を伸ばそうとしたがそれより先に律が話しかけてきた。

「久しぶり」

 もっとも遊月が攻撃しようとしたことに気がついたから、攻撃される前に先手を打ったに過ぎないのだが。

「お前が何故此処にいる? この依頼主にお前も用があったのか?」
「二つも一気に質問されてもな。まぁ此処の依頼主に用はないよ」

 眼中にすら最初から入っていない、目的は一つ。

「私に何の用だ?」
「お前だけってわけじゃないんだがな。まぁいいや。手短に、の前に人形師虚にはご退場を願いたい」

 この男も虚のことを知っているのか――遊月は案外虚が有名人なのだろうかと少し見当外れの想像をする。
 一方一人名指しされた虚は不快感を示すことは一切なく微笑する。

「全く、あっさりと言うねぇ。まぁ君はそういったものではあるのだけれども」
「無駄な御託に興味はない。あいつと同一であるお前がこの場にいてもいい気はしないだけだ」
「……、まぁ余計なことを君の口が話す前に私は退散しようか」

 虚がそう告げると同時に、虚の姿はその場から消えた。突然の出来事に先ほどまで虚がいた場所を凝視する遊月だが、何度目を見張っても虚はその場にいない。ただ、僅かに銀色の粉が幻想さを放ちながら宙を舞っているだけ。

「本当に……一体何者なんだよ」

 虚が先ほどまでいた場所を眺めながら呟いた後、今は虚より律とかいう男に集中するべきだと、今さらながら遊月は判断した。
 もし律が敵であるなら、遅すぎる判断だ。

「さて、邪魔な奴もいなくなったことだ、炬奈。一つ泉からの忠告だ」
「珍しいな、あいつが何の対価もなしに……いや、条件を示すということか?」
「まぁそれもある。とある組織が朧埼を狙っている。気をつけろ」
「朧埼をか?」

 治癒の力を持つ朧埼を狙うことは別段珍しいことではない。実際に日鵺の屋敷を襲った賊も朧埼の力を狙ってのものだった。

「あぁ。そうだ、朧埼の治癒の力を欲しがったある組織の輩が誘拐を企んでいる」

 そこに心配する様子はない。心配をしたから忠告しに来たわけではない。ただ律は頼まれたからそれを告げているだけ。頼んだ本人も心配から律に伝言を頼んだわけではない。
 それを炬奈は嫌という程知っている。だから二人に対して何の感情も抱かない。

「態々ご親切にどうも。だが、しかしそれを伝えても泉が損するだけではないのか?」

 対価以上の情報は決して教えないし、対価がなければ知っていても何も言わない。それが情報屋泉という男。遊月は二人の会話を聴きながら、律という男が、泉と何かの繋がりがあることを知る。そして、その繋がりが強固であることも同時に理解する。


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