零の旋律 | ナノ

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「夕衣を届けてくれて有難う。夕衣」

 誰にお礼を言っているのかは明白だ。依頼を受けた炬奈では決してない。

「私は夕衣、ではありません。沙羅です。けれど一つだけ、貴方にとって夕衣は大切な存在でしたか?」
「何を夕衣、おかしなことを。私にとって夕衣はこの世で何者にも代えがたい大切なものだよ」

 かみ合わない会話。けれど唯乃にとってはそれで充分。これ以上話すことは何一つない。

「行きましょう。私たちがいた処でいない所で変わりません。同じです」
「そうだな」
「依頼主、では約束通り報酬を頂いていくが構わないな?」

 炬奈は確認する。

「あぁ、あぁ好きにするといい。夕衣是からは一緒だよ」

 人形を抱きかかえる。炬奈は一瞥した後、扉を後にする。依頼主の姿を、人形を振り返ることはしない。朧埼も炬奈の後に続く。炬奈は一足先に扉の外に出た遊月と唯乃、そして虚と合流する。
 少年も時機移動するだろう、と炬奈はそれ以上気に留めることはしなかった。

「そう言えば、姉さん。これ拾ったんだけど」

 廊下を歩きながら朧埼は先刻拾ったものを姉に渡す。

「ペンダント? 依頼主のものか?」
「さぁ。でもなんか絨毯の上にあったからついとってきちゃった。ごめん」
「何を謝る必要がある?」

 ペンダントは、中に写真がいれられるロケットペンダントだった。開けるか、開けまいか一瞬だけ迷い、コロコロと手の中でペンダントを転がす。それを間近で見ていた朧埼はあることに気がついた。

「ね、姉さん!」
「何だ、朧埼急に大声を出して」

 突然、声を張り上げた朧埼に前を歩いていた唯乃と遊月も振り返る。

「どうしたんだ?」

 しかしその目にペンダントは映らない。

「ちょっと貸して」

 姉から朧埼はペンダントを渡して貰い、裏面を眺める。

「名前が……」

 ぐらりと蠢く世界の軸は崩れている。
 遥か昔から、世界に牢獄が誕生したときから軸は――

 裏面には名前が彫られていた。古ぼけたそれは、年季が入っていると思わせる。
 少年の名前だろうか、そう思って朧埼は一つ一つの文字を解読する。
 先ほど見た文字が嘘であることを願って。

「……」
「どうした、朧埼?」

 黙る朧埼を不審に思って炬奈は問う。ゆっくりと朧埼は口を開いた。

「遊月千歳(ゆうづき ちとせ)、遊月音音(ゆうづき ねお)」

 二つの名前が彫られていた。
 静かに動く人形劇
 紅に朱に赤に染め上がる大地の中で再び廻り合うのは――

 ペンダントを開くそこに映るのは二人の写真

 人形劇のベルが鳴った。今ここで開幕する

 全ては廻り合わせ
 全ては時の流れ

 ――有難う、私の目的を達成してくれて
 依頼主は静かに目を閉じる。傍らには人形の夕衣と一緒に。
 少年は依頼主がもう生きていないことを確認した後、窓から外に出る。
 先ほどの狙撃主に合わなければならない。肩を動かす度に痛みが伝わる。


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