零の旋律 | ナノ

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 少年の拳銃が一瞬ぶれる。感情を消そうとしても消せない心中で渦巻く怒りで、拳銃を握る手が強くなったせいだ。

「自分勝手で身勝手だね」
「あぁ、そうとも。人間などみな身勝手さ、そうだろう? 人形師」

 虚に問いかける。まるで昔から知っていたかのように。妖艶に虚は微笑み返す。それを相手が見ていなくとも。

「ふふふ、そうさ。だが、私は別に今、君と人間について語り会うつもりはないのだよ、残念ながらねぇ。ただ一つ教えておいてあげようか。理から外れようとすれば、それ相応の代償は払わなければいけないのだよ」
「何の、ことだい?」
「君たちには到底理解出来ない事さ」

 視界が白に覆われる錯覚に陥る。否錯覚ではない。
 彼らの周りを包み込んだのは無数の包帯だった。一面を覆い隠すそれ、に非現実さを感じ、目を丸くする。

「虚何を?」
「ふふふ、なんてことはないさ、君たちが感じようとすることではない。ただ」
「ただ?」
「君たちが依頼を達成した後はその遺体を私が頂こうと思っただけさ、それの準備と思ってくれれば構わないねぇ」

 何の準備だ、そう炬奈は問いたかったが、問いただしたところで虚のやることは、自分の常識の範囲外。ならば問いただすだけ無駄。そう判断した。
 そして一歩一歩炬奈は依頼主に近づく。

「依頼主、これが頼まれていたものだ、確かに届けたぞ」

 包帯を外す。一つ外せばそれは連鎖して一気に地面に落下する。包帯から現れた人形は――。

「って何だこれっ」

 声に出さないようにとして、炬奈は失敗する。それは余りにも精巧だったから、ではない。虚の作る人形は人間に紛う程精密で精巧。炬奈が驚愕した理由は別にある。それは、目の前に現れた人形が――唯乃沙羅と瓜二つだったからだ。

「唯乃!?」
「えぇ!?」
「どういうこと……?」

 遊月。朧埼、少年も其々反応を見せる。今まで依頼主から視線を外さなかった少年でさえ、数度人形と唯乃を見比べる程だ。

「夕衣、ですね是は」

 唯乃はただ冷静に虚を見据える。虚は驚かないんだねぇと苦笑する。

「あぁ、そうだよ。私が作ったの夕衣だ。本名、渫乃夕衣(さらのゆい)」
「……成程、随分と人が悪いようで」
「私の性格は、昔からこのままさ」

 もう二度と変ることもないだろうね、そう告げているようだった。
 二人の会話をよそに、炬奈はどうするか迷っていた。何が起きているのか、理解の範疇を当に超えている。

「触らせてくれ」

 依頼主の言葉に、炬奈は人形を依頼主のもとへ近づける。肌触りを確かめるように、愛おしく――。

「あぁ、私の最期の我儘、私の長く待ち続けた夢をかなえておくれ」
「そんなものは存在しない夢物語……“夢現”だよ」

 誰にも聞こえないように虚ろは、袖で口元を隠しながら呟く、それは冷笑。
 ――私の私だけに奏でる人形劇をさぁ早く速く開幕しておくれ
 一度夢から目覚めてしまったのなら
 続きは見られない夢幻の世
 永久に眠る悠久
 ――いつしか私に続きを諦めさせてくれる彼は現れるのだろうか
 儚き夢を奏でる旋律に慈悲なき荊よ緋色に染め上げよ
 目覚めた人形は悲しき旋律を詠う


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