零の旋律 | ナノ

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「その声は夕衣ではないのか? 夕衣夕衣」

 懐かしそうに、愛おしそうにその名を繰り返す。

「私は唯乃沙羅(ゆいの さら)です。何か勘違いをなさっているのでは?」
「いいや、その声は夕衣に、私が夕衣の声を間違えるわけがない」

 断定する依頼主に、唯乃は炬奈に情報を聞こうと顔を見るが、炬奈も状況が理解出来ず首を横に振るだけだ。

「夕衣というのは、この人の最愛な人の名前だよ。もっとも結ばれることはなかったんだけれどもねぇ」

 何処からともなく、音一つ立てることなくその場にいた。

「虚!?」

 突然の来訪者に朧埼はまた驚き、叫ぶ。
 少年は威嚇射撃ではなく、虚に当てるつもりで拳銃を放つ。空薬莢が少年の足元に二つ。

「おやおや、まぁまぁ」

 一瞬世界の時間枠が遅くなったと思わせる程、ゆったりとした動作で宙を舞い銃弾を避ける。優美に華麗に動く虚に少年は顔を顰め、すぐに二発目三発目と放っていくが一発もかすることはなかった。そして球切れとなり一旦攻撃の手を休める。

「おや、もう終わりかい?」
「ってお前何者だよ! 気配の欠片も感じねぇし、それどころか一体何処から侵入して来たんだよ」

 マイペースを貫く虚にたまらず遊月は突っ込みを入れる。
 ゆっくり流れているように錯覚させる世界
 夜の明けてないこの星星の中で彼らは対峙する

「別に君が気にすることではないよ。君たちが私に対する理解が追いついていないだけの話しだから。それにしても突っ込み役は一家に一人は欲しいものなのかねぇ」
「俺は突っ込み役じゃねぇし!」
「主、そう対応しているから突っ込み役と言われるのではないのですか?」
「あぁ、そうかよし。わかった。喋らなければいいんだな?」

 何処か見当外れのことを言う遊月に虚は苦笑する。

「貴方は一体何。突然現れて僕の邪魔をしないで」

 リロードが終わった少年は再び虚に焦点を当てる。今度はむやみやらたに狙わない。

「私は別に邪魔をするつもりはないねぇ。ただ、私は君たちの知らないことを知っている。だから教えてあげようと思っただけさ。例えば夕衣とかね?」

 意味ありげに虚は唯乃を見る。

「私……沙羅と、夕衣は何か関係があるのですか?」

 ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。まぎれもなく依頼主である。

「あぁ。あるかないかの二択でいえば、ある。大ありといっても過言ではないねぇ」
「……では、その関係を教えて頂けますか?」
「そうだねぇ。昔話からでも始めるかい?」
「そのような悠長な時間はありません」

 目の前では常に拳銃を構え続ける少年。唯乃を夕衣と呼んだ依頼主。依頼主に頼まれた物を届けるためにやってきた炬奈。そして全てが謎に包まれていると言っても過言ではない怪しい人形師虚。

「まぁ端的に言うと、人形が関係しているんだよ」
「それは、前に政府がつきますか?」

 視線を細め唯乃は問う。

「賢い子は好きだよ」

 それが何を意味するか理解出来ない唯乃ではない。


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