零の旋律 | ナノ

V


「聞いているのか!」

 狭い室内に怒鳴り声が反響する。

「おい! 聞こえているのかと聞いている!! 返事ぐらいしたらどうだ」

 声は徐々に大きくなる。その場にいたものは煩いなと軽く耳を塞ぐ。

「千歳!! 千歳!!」

 少年は何処か遠くで呼ばれているような錯覚に陥り目を覚ます。少年を夢から現実へと引き裂いたのは少年の名を呼んでいた男性。まだ、半分しか覚醒していないその眼で少年――千歳(ちとせ)は男性を見る。苛立たしげに男性は足音を立てながら、少年の首に巻かれている首輪をつかみ、自分より小柄な少年を持ち上げる。少年はそれにより足が地面につかなくなるが、苦しそうな素振りは一切見せない。実際に何も感じていないのかもしれない。

「君の仕事はわかっているだろうね?」

 少年は虚ろな瞳で男性を見るだけ。抵抗もしない。ただ流れに身を任せている。
 無表情で無関心に適当に首を縦に振る。それがより一層男性を苛立たせる行動だと知ってか知らずか。興味すらないのだろう。

「相変わらずな餓鬼だな」

 放り投げるように、といっても実際に男性は自分の腕力の限りで少年を遠くへ投げ飛ばす。少年は空中でその反動を利用して一回転周り、そのまま奇麗に地面に着地した。
音は異常なほどに静かで、少年の着地なんてなかったかのような静けさだった。

「じゃあ。その相変わらずな餓鬼が、今此処で君を消すのもあり?」

 少年はゆらりと揺れた。その時だけ、少年の表情に感情が宿ったように――映る。
 少年にとっては何気ない動作。だが、その言葉とその行動に咄嗟に消されると思った男性は思わず後ずさりする。それはある種自然な行動でもあった。

「でも、君は消さないよ、僕を放してくれるのなら、何だってやるつもりだしね」

 少年は男に背を向けて歩き出す。首輪に繋がれた鎖が少年の動きに合わせて移動する。
 黒い上着を肩で羽織る。肩までの黒い髪と紫色の瞳。
 後ろの首輪の部分から繋がっている途中で乱雑に切られた、長い鎖をまとう千歳はある目的のために、簡素で冷たい場所から立ち去った。
 少年は薄く笑った

 誰も見ているわけではないのに、虚ろなる瞳は何所か一点だけを見据えていた
 何を探してか何を求めてか
 少年口元だけを緩める

「僕は閉じている」


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