第二話:人形師 +++ 「可愛い」 商店街の一角から呟く声が聞こえる。少年の視線の先にはショーケースの中に収められている兎だ。 垂れ耳で薄い灰色の縫いぐるみ。他のパステルカラーで着色された縫いぐるみと一緒に並べられるそれは、一つだけ異彩を放っており、少年――朧埼の視線は釘づけになる。 「欲しい」 数分愛おしそうに眺めていた朧埼だが、やがて店内に足を踏み入れる。 傍から見れば、柄が悪く怪我だかけの少年がファンシーショップに入っていく奇妙そのものだろう。 しかし幸運なのか運悪くなのか周辺にいる人は一人だけだった。 人形のように美しい女性は少年が店内に入ってくるのを信じられない表情で呆然と眺める。 数分も経たないうちに朧埼は大きな袋を抱えて店内から出てくる。その袋からは僅かに灰色の長い耳が見えていた。 「貴方にそのような趣味があるとは知りませんでした」 朧埼が滅多に人に見せない満面の笑顔で出てきた所を先ほどの女性――唯乃が声をかける。 一瞬だけ声をかけられた事に怪訝な顔をした朧埼だが、その人物の顔をみると笑顔が一気に引き攣る。 「な、なななななんで唯乃が!?」 挙動不審な行動をしながら、朧埼は唯乃に対して叫ぶ。 深紅の長い髪を揺らしながら、唯乃は優雅に会釈する。 「偶然ですよ。主とは別行動していた時に朧埼の姿が見えたものですから、挨拶でも、と思ったら……意外なものをみてしまいましたね」 「ううっ。姉さん以外には誰にも知られたくなかったのに……」 わたわたと落ち着きのない動きをしながら、唯乃に弁明しようとするが、弁明する言葉が思いつかない。まさか姉の為に買ったというわけにもいかない――それはそれで、信憑性がなさそうだった。 「大丈夫ですよ。主には黙っておきますから」 朧埼の心配を見越した唯乃は先に云う。 「あ、有難う」 朧埼はみられたのが唯乃で良かったと一安心する。 「どう致しまして?」 ――アナタがいれば私は幸せだった。だからお願いです、私の傍にいて、私だけをみていて ――アナタがいれば、それだけで私は私として生きていける。なのにどうして貴方は私の前からいなくなったのですか。 [*前] | [次#] TOP |