零の旋律 | ナノ

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 否、正確に言えば、扉の音がしたのもその人物の声を耳にしてから気がついた、後からそういえば音がしていたな、と認識した程度。遊月は場数を踏んでいる。それなりに――唯乃に及ばないまでも気配には敏感だった。しかし、この人物からは一切の気配を感じることが出来ない。今この場にいるのにその姿をしっかりと目に焼き付けておかないと、消えてしまいそうな錯覚に陥る程に。
 何者なんだと遊月は自然と身構えてしまう。
 スーツに身を包んだ気真面目で礼儀正しい人を想像していたわけではないし、かといってフレンドリーな人を想像していたわけではない。真っ当ではないと想像していた。しかし、その登場は遊月の驚きと警戒心を一気に引き上げた。

「久しいな、虚(うつろ)。今日は人形を依頼しに来た」

 炬奈は遊月の反応とは裏腹に、いつものこと、と割り切っているのか慣れているのか淡々と要件を告げる。

「お安い御用だね、日鵺の依頼であるのならねぇ」

 その人形師は笑った。


+++

 得て失った
 失って得た
 二つが折り重なって相殺し合う。
 いつかどちらかに天平が傾くことがあるのだろうか。毎日語りかけても誰も何も答えてくれなかった
 ――ねぇお願い答えてよ!!
 悲痛な叫びは誰にも届かない。
 虚空を音が通り抜けるだけ


 血ぬられた舞台は、血でしか洗えない
 一度汚れたものは元通りにはなれない

「あはははっ、壊して殺して殺して殺す」

 無邪気に笑う口
 狂気に魅入られた瞳

「ぐっちゃぐっやにして原型を残さないで全て同一など存在しないようにしてあげるわ、元々同一などなかったとしてもね」

 何かを指す音が、鈍く響く。

「そして、最後には私のもとへ跪かせてあげる」

 跡形もなく破壊しつくす。
 ――だから、戻っておいで愛しい子。あの時逃げた子をわたしは 許さないから

「泣きわめいてその瞳で、赤くなるまで、泣け」

 歪んだ願望は子を鎖で閉じ込めた
 そして、子はその愛情の中で育つ

「……ねぇ」

 唯一の大切な宝ものを除いて
 他には何も見当たらなかった

 真っ黒な世界で、真っ赤な花びらを見て。
 真っ黒な世界で、真っ赤な池を見て。

「ねぇ、これはなんですか?」

 質問する答えは買ってこない。


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