零の旋律 | ナノ

W


 ――人形が人形でしかないなら、それ以上でもそれ以下にもなれない私たちに貴方は何を求めます。『人』を『人』と呼ぶのなら、それが『人』なら、それは『人形』であり『人』であり、そのどちらでもありません。それは唯の矛盾。これは私の矛盾。矛盾の中で私は過ごすのです。

 深紅の髪を揺らしながら、空中を深紅な翼で自在に飛び回る。
 その姿は獲物を探し求めているような、それでいて誰かを求め縋るような。
 誰もいない、空間で一人飛び回る
 果てのない扉を探しまわって飛び回る

 ――翼があっても何所にも何も進めない。けれども、主が望むのならば何処にだって行きます
 それは唯の矛盾だけれども
 それでも、付き従うのはこの世で唯一主と定めた彼方だけ


 夢現人は何を探す


+++
「此処が人形屋敷……」
「屋敷ではない、人形屋だ」
「いや、これは屋敷だ」

 遊月は断言する。人形師虚の経営している建物は古びた趣のある建物で、赤い簾に黒文字で人形や『夢現』と記載されていた。屋根には何十体の人形が所狭しと並んでいた。精巧に造られた人形は人のようで、それでいて人形らしさを残している。
 喜怒哀楽に様々な表情。和洋様々な衣装
 それらは数体ならば、美しい
 しかし、何十体にも及んで所狭しと並んでいるのならば、それは人を近寄せない不気味な雰囲気を醸し出すものへと変貌する。夕方の時間帯だというのに、夢現には誰も近づかない。一歩どころか二歩以上離れた処を人々は歩く。

 それは踏み入れられる事を拒んでいるような異様さ
 それは人を踏み入らない地へと変貌させているよう
 それはある種の人だけを招く特殊な魔法がかかっているかのように

 出来れば二度と近づきたくないと、遊月が屋根を見上げている間に隣にいた炬奈はそそくさと必要以上に外にいたくないかのように建物の中に入っていく。呼び鈴があるのにも関わらず鳴らさず我がもの顔で入っていく。

「何をしている。さっさと来たらどうだ」
「あぁ……」

 若干気が引けつつ恐る恐る遊月も夢現の中へ入っていく。中も外と同じような光景が広がっているのだろうな、と覚悟を決めながら。

「は?」

 予想に反して中に入ると、壁は赤と黒が花のような紋様に彩られていて、机と椅子、そして蝶の模様が彩られたノートが一冊置かれているだけだった。人形が何処にもいない。外にはあれだけ所狭しと並んでいた人形が、室内には影すら見えない。
 予想外の出来事に思わず声を上げてしまったが、さらにおかしな物が遊月の目に入る。

『虚以外の人立ち入り禁止、立ちいったらどうなるかのご想像はご自由にどうぞ』
 赤をベースにした布地に黒のレース模様が描かれている綺麗なカーテンに白でそう刺繍されていた。
 遊月は仮に気になる事があっても、好奇心があっても入らない事を誓う。はいれば二度と戻って来られない――それこそ致命傷を受けても死ぬことがない遊月が戻って来られなくなるのではと感じる程に不気味だった。
 中にはいれば誰かしら店員がいるのだろうと思っていた遊月だったが、人っ子一人いない。

「そこに適当に座っていればいつか来るだろう」

 炬奈は慣れたもので、四つある内の一つの椅子に我が物顔で脚を組んで座る。

「勝手に座っていいのか?」
「元々あいつとは知り合いだ。その程度のこと一々気にしてはいられない」
「酷いねぇ、親しき仲にも礼儀は必要だよ? ねぇ日鵺」

 炬奈がそう言った時、別の声が入口の扉が開くと同時に聞こえてくる。

「(こいつか人形師虚か……?)」

 遊月は炬奈との会話の最中に、扉の音が開くという音以外一切の気配を感じさせないで現れた人物に驚きを隠せなかった。


- 141 -


[*前] | [次#]

TOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -