V ――虚ろなる瞳の先に何が見えますか? 彼女は問う。 ――濁った硝子? 透き通った硝子? 不思議そうに首を傾げてから続ける。 ――私の瞳には映りません。ただ、奈落の闇が支配しているだけ。 ――ねぇ貴方は虚ろなる瞳の先に何を求めますか? 「もし、気になるのならば一緒に行動してみるか?」 炬奈は遊月を誘う。別に断られたらそれはそれで構わなかった。しかし一緒に来てくれるなら、それはそれで有難かった。朧埼は話が拗れるからと置いてきたが、炬奈自身一人で人形師の元へ行くのは気が進まなかった。誰かと一緒なら気分が紛れる。 「気になるから着いていく。迷惑にはならないのか?」 「迷惑なら最初から誘わない」 「そりゃそうか」 「あぁ。飲み終わったら行くぞ」 「あぁ」 遊月は紅茶に手をつける。角砂糖を一つ、二つ、三つと入れていく。その様子に炬奈は一瞬怪訝そうな顔をする。甘そうだ、そう思いつつ頼んだ珈琲はそろそろ醒めた頃合いかと、砂糖を全くいれずに口に運ぶ。 「……」 まだ、熱かった。もう少しばかり覚まさないと炬奈には飲めない。 そうこうしているうちに遊月はあっという間に紅茶を飲み終わった。 炬奈とは違い遊月は猫舌ではなかった。 「……飲み終わるまで待てよ」 そんな遊月を恨めしそうに睨みながら、珈琲を覚まそうと息を吐く炬奈を遊月は可愛いなと密かに思う。 勿論口に出しては云わない。 ――儚き日々の想い出を胸に今、この道を生きていく。望んだ道であろうと、望まざる道だろうと『人形』である私にはこの道しかないから。少しでも、生きていた日々を忘れないように、少しでも生きていた痕跡を残したくて、今日もまたこの道を進む。 +++ 日鵺家の屋敷は一般の人から見れば、羨ましく妬ましい程の広さを誇っている。しかし、日鵺家が滅びる前と今ではその敷地面積も違う。 日鵺家が滅びた後、日鵺の屋敷を立て直す為に日鵺炬奈は幾ばくかの土地を売り、それで得た資金をもとに屋敷を復元させた。 「暇だー。姉さんには来るなと言われたけど、やっぱり姉さんについてけば良かったぁー」 銀髪の少年――日鵺朧埼(ひびや おぼろぎ)は自室の広い部屋の中で赤い絨毯に寝そべりながら、左右にゴロゴロと動きまわる。両手を広げ、首元には寝そべる時の枕代わりとして使用されるピンク色の愛らしい表情が特徴的な兎の縫いぐるみを使っている。 部屋にはベランダに出ることのできる窓。質素なベッド、木材の机と椅子二つ、小型冷蔵庫一つ クローゼット一つ、救急箱二つそして可愛らしい動物の形の縫い包みが沢山置いてあった。 この部屋を初めて訪れたものならば、可愛らしい縫いぐるみの数々に、お嬢様を連想させるだろう。しかし、この部屋の持ち主は十代中頃の外見だけで判断するなら柄の悪い少年だった。 さらに言うならば、救急箱二つは聊か多い 「よし、暇すぎで姉さんがいなさすぎて詰まらない、出かけよう」 思い立ったらすぐ行動に朧埼は移った。 普段愛用をしているお気に入りのボアのついた上着を羽織って、縫いぐるみを普段置いてある場所に何故か名残惜しそうに戻した。その時に縫い包みの頭を軽く撫でる。 そして朧埼はドアを開けて部屋を後にする。 「姉さんに早く会えますように」 それは、朧埼が一人で出かけるときの合言葉 [*前] | [次#] TOP |