零の旋律 | ナノ

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「あれ? そうなのか」

 ほっと一息つく遊月に炬奈の眉は僅かに上がる。

「ある人物を探してほしいと依頼を受けたんだ、昔の日鵺の恩師に。だがな、その人物は全く見つからない。だから」
「だから、人形にするのか?」
「あぁ、勿論」
「だか、そんなことばれるぞ?」

 あたり前だ。人と人形、まして唯乃のような存在としての人形ではなく、普通の人形であるのなら誤魔化し等は到底聞かない。一目で見抜かれて終わりだ。

「そりゃそうだ、普通なら」

 “普通なら”その言葉に遊月は違和感を覚える。そして同時に成程と納得する。四大貴族日鵺家。仮に世間一般には没落した、そう言われていたとしても、実在している貴族にただの人探しなど依頼が来るはずがない。それこそ、人を探したいのならそれ相応の専門機関か、専門職を頼ればいいだけ。日鵺は治癒術を扱える唯一の一族とされているだけで、人探しが専門ではないのだから。

 憎しみが深いだけ。出逢えるのならば、形が何であれ構わない。
 人形は最終手段――見つからないのなら仕方がない

 仮に本人が見つかったとして、生存していたとして――それはそれで、どうなるかわからない。
 ならいっそのこと人形を作りだすのが最良の策かもしれない。
 ――みつけてくれ、それだけを願っていました。
 依頼主が探し求めているのは“彼女”に対する愛情ではない。
 愛しているが、愛していない。

「じゃあ、普通じゃないってわけか、まさか……とは思うが梓みたいなやつじゃないよな?」

 遊月は確認を取る。実際遊月は梓と戦ったわけではないが、最果ての街にいる間は梓の家に泊っていた日もあった。だからこそ梓がどのような人物かも大体はわかっているつもりだ。

「あんな狂人ではない。榴華みたく危険な戦闘能力も保持していない。唯の老人だ」
「へぇ」

 嘗て、罪人の牢獄で出会った彼らを思い出す。
 罪人の牢獄を事実支配している彼につき従う彼ら
 他の罪人が可愛く思えるほどに、彼らはその時の住民だった。

「そうか、いや、あいつらが飛びぬけていただけだよな?」
「それに一言云わせてもらおうか? 遊月お前も十分飛びぬけている飛び級でな」
「うっ……」

 遊月には人にあるものがない。それを探し求めて、再び手に入れるために罪人の牢獄に再度脚を踏み入れた。だが、結局そのあるものは見つからなかった。今一歩のところで手が届かなかった。
 だから、まだ飛びぬけている。普通ではない、普通という領域を敢えて決めるのであれば。
 けれど所詮それは人が勝手に決めた領域でしかない。

「さらに補足してやる。人形と言っても、愛くるしい人形ではない。どちらかと言えば、唯乃みたいな形をした人形だ」
「っ……!?」

 遊月は驚きの表情を隠せないし隠そうともしない。唯乃は世間一般に言われるような人形ではないのだから。驚異的な戦闘能力を保有した、嘗て政府が作りだした人形兵器。それが唯乃沙羅。そしてその人形の唯一の成功作にして最大の失敗作。
成功作故に政府に反発して脱走したのが唯乃沙羅。

「人形師“虚”が作る人形は人と見間違えるほどに精巧なつくりをしている」
「……」
「だから、私は人形を頼むのさ」

 邪悪そうにほほ笑む。遊月は何も言えなかった。それが一体どんなものか想像がつかない。


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