零の旋律 | ナノ

U


 罪人の牢獄で生きていくにも、国で生きて行くにもその年月は長い時間。特に、罪人の牢獄は死が身近すぎる。しかし水渚も朔夜も、栞も生きていた。千朱の表情は穏やかだった。

「水渚に会いにいく?」

 栞は期待を込めた瞳で千朱を見る。しかし千朱は首を横に振った。

「なんで!?」

 落胆する栞に千朱は手の握り具合を確かめている。

「あまりにも期間が長すぎる。俺の身体は当然鈍っているしすぐには思うように動けないだろう。最盛期とは行かなくてもある程度の勘は取り戻しておきたい――俺は水渚の事が嫌いなんだから」

 朗らかに笑う千朱の言葉に栞も又笑う。
 そうだった――と。千朱は水渚が嫌いで水渚も千朱が嫌いだったと。

「わかったよ。待っている」

 栞はそれだけをいってその場を後にする。玄関の前には遊月と朧埼が座って待っていた。服の汚れを気にする性格ではないらしい。もっとも崩落の街にいった時点ですでに服は汚れているのだが。

「千朱は?」

 遊月の問いには答えず、栞は朧埼の方を向く。

「朧埼、有難う。千朱は目覚めた――後は千朱次第だ。本当に有難うね」

 二度、栞はお礼をいう。心から。心の底から。
 約七年――長かった。そう栞は思う。けれどまだ生きている。

「良かったな」

 遊月は返事を期待せずに言う。是は独り言に近かった。裏切ってしまった自分から、まだ裏切っていない彼の元への。届きはしない。独り言だから届く必要性もない。

「じゃあ、戻ろうか」

 背伸びをのびのびと栞はした。今まで縛っていた何かを解放するかの如く。


 そのまま篝火たちの家に帰宅する。栞は途中で朔夜を迎えに行って明日明朝合流すると伝えその場を後にしたことを篝火たちに伝える。
 時間的にはまだ少し早いが、寝ることになった。夕飯は篝火自身も疲れているだろうが、全員分用意した。こまめな性格だなと遊月は実感する。
 炬奈と唯乃が其々ベッドを使い、残りは布団で雑魚寝だ。
 深夜――全員が寝静まった時。遊月は人知れず起き上がる。最初から全員が寝静まる深夜まで待っていたと言った方が正しい。遊月は誰にもばれないように抜き足差し足で炬奈が寝ている篝火の部屋にいく――名前が似ているという理由で炬奈は篝火の部屋で寝ることになった。

「炬奈」

 遊月は数度炬奈の身体を叩いて寝ている炬奈を起こす。炬奈はもぞもぞと布団をずらしながら起きる。

「……遊月か、なんだ」

 覚醒したころ、炬奈は突然の訪問者に眠たそうに答える。眼帯はつけたままだ。

「あの時庇ってくれて有難う。助かった」

 別に庇って貰いたいと言ったわけではないし、庇われても庇われなくても最終的な結果だけで言うなら、遊月には変わらなかった。けれどだからどうこう言うわけでもない。
 助けられたことは、助けてもらったことはどう考えても事実なのだから。
 そして、その時遊月は気がついてしまった。炬奈の瞳を見て――。

「別に、勝手に身体が動いただけだ。……態々私を起こしてまで言うほどの問題ではないだろう。本題はなんだ?」

 炬奈は決して鈍くない。だからこそ、遊月がお礼を言うためだけに、深夜やってきたわけではないと気がついている。

「……お前さ、目――見えてないだろう」


- 131 -


[*前] | [次#]

TOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -