零の旋律 | ナノ

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「此処だよ」

 目的の場所につく。それはなんてことはない。この罪人の牢獄ではごく普通の家だった。但し、隣の家は榴華の自宅だった。

「入ろうか」

 最後の希望に掛けて――。何度も試しても駄目だった。決して彼は目覚めなかった。
 部屋の中は病院のような場所だった。
 建物の大きさは普通の二倍はあるだろう。
 中を進んでいきある一室に入る。そこは病室といっても差し支えのない場所だろう。
 白い清潔なベッドの上には一人の青年が眠っていた。穏やかな表情で眠っていた。
 金髪の髪の毛は、月日がたっても色あせることなく輝いている。
 年の頃合い二十代前半から中ごろといったところだろうか。

「名前は千朱(ちあけ)。……何年も前から目覚めていないんだ」
「わかった、出来る限りのことはするよ」

 朧埼はそう言った。何年も――その年月を栞はただ、ずっと目覚めるのを待っていたのだろうか。
 朧埼の身体はあわく発光し。その光はやがて千朱を包み込む――。優しくて温かい光は、千朱を癒していく。光は次第に収まる。それと同時に朧埼は倒れそうになる。素早く身体を支えたのは遊月だった。
 朧埼は力を使った影響で、疲れ果てていた。これ以上は休憩して体力を回復させないことには治癒術は使えないだろう。
 この世で唯一治癒術を使える存在。

「……千朱ちゃん」

 期待と、恐怖と希望のまなざしで栞は千朱を見ている。

「……朧埼、行こう」

 これ以上此処に自分たちがいてもやることはない。そう判断して、二人は部屋を後にする。そして玄関前で待つことにした。目覚めるにしろ。目覚めないにしろ。
 もし目覚めるのならば、目覚めたいという思いが千朱にあるから。
 目覚めないのなら、千朱が目覚めたくないから。そう栞は判断する――遊月は確信していた。
 そして目覚めなかった場合、栞が何をするのかも。

 栞は静かに千朱を眺め続ける。まだ目覚める気配がない。このまま目覚めないのならいっそ――全てを忘却させてあげよう。苦しみから、解放しよう。栞は薄香色の拳銃を取り出す。
 それを千朱の元に――近づけようとした時。その手首は掴まれる。栞ではない。この場所に遊月も朧埼もいない。そうなると答えは明瞭で。

「千朱……」

 驚愕に、嬉しさに、歓喜に目を見開く。

「殺すな。俺はまだ生きている」

 目覚めた千朱に栞は抱きついた。微かな、最後の希望が――叶った。

「何やっているんだよ、千朱。皆皆心配していたんだよ」
「悪かった。ただいま」
「おかえり」
「なん……ねん、たった?」

 栞は顔を上げ、千朱の方を向く。栞だと見間違えるはずものなく、けれど最後にみた栞の姿から成長している青年に。月日の流れを千朱は感じる。

「……何年だと思う?」
「わからない。けどお前のその姿を見れば歳月がたったのはわかる」
「六……七年かな?」
「そんなに……水渚(みなぎさ)と朔は!?」
「生きているよ」
「良かった」

 千朱はほっとする。目覚めたばかりで頭が思うように回転しないが、それでも生きていた事実は千朱を安心させる。そこまでの年月が流れているとは思っていなかった。けれどそれが事実ならこの場にいない二人の事が気になる。


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