零の旋律 | ナノ

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「主、どうします?」

 唯乃は遠慮がちに声をかける。手に入れられそうな目前でそれを掴むことが出来ない失望は、自らの力不足はどれ程主の心にのしかかっているか、推し量ることは出来ない。

「そうだなぁ……手段がない。手詰まりって感じだ」

 遊月はお手上げのポーズをとる。

「遊月そのことだが」

 炬奈が口を開く。

「なんだ?」
「私としてはあまり薦めたくはないことなんだが……」

 口を濁す。だが遊月は、否。一同は炬奈に視線が集まる。朧埼も炬奈が口にしようとしていることはわかっている。だからこそ目線が泳いでいた。

「何だ。薦めたくないことだったとしても、俺は俺の目的を果たしたい。そのためなら何だって利用しても構わない。覚悟の上だ」
「……」

 話を振っておいて答えないわけにはいかない。炬奈は沈黙の後口を開く。

「幻影と結界を解除出来る人物を、私は知っている」
「誰だ!」

 当然といえば当然の人物を、炬奈は口にした。

「雅契(がけい)家当主だ」
「……」

 遊月は思わず黙る。

「あーそう来るか」

 栞は愉快そうに笑った。四大貴族――日鵺家と同じ四大貴族の一つとして数えられる魔術の名門。魔術師の総本山とも呼ばれる処。確かにそのような人物ならば、幻影も結界も難なく解除してしまうだろう。

「雅契家当主なら、結界などあってもなくても同じようなものだろう。もっとも性格に難がありすぎるのが欠点だが。それに……場合によっては他の貴族たちを頼るのもまた一つの可能性だ。やっぱり性格に難があるが」

 どれだけだよ、と思わず榴華は突っ込みたくなったが、寸前でとめる。
 四大貴族の力を借りられれば、遊月とて目的の品は手に入りやすくなるだろう。それも格段と。しかしそうするためには問題がいくつもある。

「だが、俺には四大貴族とのコネクションはないぞ」
「その点は、って忘れているのか? 私は日鵺炬奈。そいつらと関わりなら多々ある。問題はない」
「あーわりぃ、また忘れていた。と、そこはいいとして。そいつらが見ず知らずの俺の為に力を貸すのか?」

 疑問一。それに炬奈が最初に性格が難だと言っている。そんな人物たちがまして赤の他人である遊月に力を貸すのか甚だ疑問であった。

「交換条件、もしくは相手の興味をそそるもの、または金、その辺で自らの命の危険を冒さない程度には協力してくれるだろう。多分」
「何だか、性格悪そうやなぁ」

 榴華の感想。

「性格悪いなんてもんじゃない。あいつらは、罪人の牢獄の罪人達が可愛く見えるほどだ。あぁ、鳶祗家当主は別にしておけ。あいつは比較的真っ当だから」
「そうなんか」
「あぁ。雅契家当主は、あいつの興味の引くものが、もしくは利益になるような交換条件があれば協力はしてくれるだろう」
「なら――」

 遊月が口を開く。

「仮に協力してくれるとしよう。だがどうやって雅契家の当主に罪人の牢獄に来てもらう? まさか罪人なるわけにはいかないだろう?」

 この罪人の牢獄には侵入するか罪人になるか。どちらかだ。遊月、唯乃、炬奈に朧埼は侵入してやってきた。来るのが容易ではなくても不可能ではない。けれど脱出に至っては難易度が急上昇する。
 それゆえに、外で全てを捨てる覚悟か、脱出出来る絶対の自信でもなければ、この地に等来ない。ましてや命の危険性が格段に上昇するとなればなおさらのこと。そういったリスクを全て覚悟で協力してくれるとは到底思えなかった。そこまでのメリットを持っているわけでもない。


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