零の旋律 | ナノ

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 ある日、執事が増えた。
 そいつは顔がいいだけの性悪男だった。


『エーデルワイス』

 ――君との想い出を語ろう。


 小鳥が囀り、この屋敷が危険であることを忘却させるほどの陽気。屋根で昼寝をしたらさぞ気持ちがいいのだろう、彼はそう思いながら花瓶を両手で抱えて階段を上がる。階段を上がったところで、白髪の不審者を彼は発見した。

「何しているんだ?」
「いや、ちょっと……なぁ」

 ちらちらと扉の隙間を除く白髪の不審者リィハに、花瓶を両手で持った彼キルセはため息をつく。リィハは此処数日不審者状態なのだ。

「まぁあの新しい執事は近づくな危険状態だから、リィハが躊躇するのもわかるが」

 キルセは扉の先で横たわっているだろう人物の表情を思い出すと、やれやれと肩をすくめた。

 先日、屋敷の当主アークが始末屋の仕事を終え、帰宅した時隣に怪我人がいた。生きているのが不思議な怪我人だ。
 それを迎えたキルセとメイドである双子のリアトリスとカトレアはやや唖然とした。
 何せ、怪我人の表情が悪人もはだしで逃げそうなほど露骨に嫌な顔をしていたのだ。
 但し、悪人は悪人でも世間一般の悪人ではないキルセやリアトリス、悪人ではないカトレアが逃げ出すことはなかった。
 そして、その怪我人は今度から執事になる殺し屋だと紹介され、キルセは何でもありだなこの屋敷と思った。それ以前に当主が何でもありなのだから仕方ないか、とひっそりため息をついたのは記憶に新しい。

 執事として働くのも不可能なほどに怪我が酷かった殺し屋リテイブの治療をしようと、アークは知り合いである治癒術師ハイリことリィハを呼んだのが次の日のことだ。
 リィハが怪我の状態を見て眉を顰めて、治療をしようとした時、突然死んだように大人しかったリテイブが目覚めて懐に仕舞っていた銀ナイフでリィハの腕を斬りつけた。 勢いよく血が溢れ、清潔感あふれていた部屋に血痕が付着した。後で掃除するのが面倒で、いっそ赤くペンキで染めた方がいいのではないのかと思ったこともキルセの記憶に新しい。
 視線だけで人を射殺せそうなリテイブ相手にリィハはすっかり怯え、脱兎のごとく逃げ出して、自分の怪我の治療をしてその日は終わった。

 それ以降、治療をしようと思うもののリテイブが怖くて近づけないリィハが扉の前で立ち往生をするようになった。

「ってかなんであんな危険な執事を雇ったんだよ。どう考えても執事に向かないだろあいつ!」

 リィハが悪態をつくのでキルセは思わず頷きそうになったが、別に自分も庭師の仕事を嘗てしていたわけではないので、半分しか同意はしなかった。メイドの二人だった元々メイドだったわけではない。
 此処は始末屋レインドフ家。真っ当な職業の人がいる場所でもない。

「そもそも真っ当な執事だとアークに殺されて終わりだろ。あいつ寝ぼけて人を襲うような奴だぞ」
「三日三晩仕事し終わって熟睡した後とかな……それで何人死んだっけか」
「リアトリスがそれで一度アークの腕折ったよな」
「あぁ、あったあった」

 懐かしいなぁと遠くもない記憶を手繰る。


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