零の旋律 | ナノ

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 レインドフを狙っている組織の拠点に到達すると、そこは既に蛻のからだった。

「はぁ? どういうことだよ」

 苛立たしげにリテイブは舌打ちをする。
ものすごく急いで撤退しただろう状況なのは錯乱した書物や、ひっくり返ったテーブル、割れた花瓶などから判断が出来る。むしろ族が侵入して金品を強奪した、とさえ普通ならば思う状況であった。

「……あの野郎が嘘ついて嫌がったって可能性はねぇだろうし……となると、俺らが来るのを知って逃げたのか?」

 リテイブは怪訝な顔をしながら状況を見極めようと周囲を観察する。明らかに数分前まで人がいただろう生活の痕跡。必要な物だけを持ちだすために自らの手で荒しただろう痕跡。ひっくり返ったテーブルにはコップが七つおいてあったが故に、少なくとも七人はつい先刻まで此処に滞在していたことは明らかだ。

「まさか、誰かが見ていたのか……? いや、でもそれはないよなぁ」

 キルセは頭をかく。もしも男から情報を入手している場面を何処かで監視されていたのならば、自分はともかく始末屋であるアークや、殺し屋であるリテイブがその気配に気がつかないはずがない。
 なのにもぬけの殻、だからリテイブも怪訝な顔をしているのだ。

「あぁ。誰かが見ている気配なんてしなかったけど――ひょっとして!」

 アークの瞳が途端に輝きだして、キルセは思わずアークの頭を一発殴った。

「おい、なんで殴るんだよ」
「当たり前だろ! ひょっとしての続きはこういうんだろ? 俺やリテイブがわからないくらい気配を隠すのが上手かったいたのか! よし、戦おうって!」
「一言一句よくわかったなぁ」
「だから殴ったんだよ! それと、一言一句わかるくらいお前の性格が単純明快なだけだ!」
「そのうちエスパーになれるんじゃね?」
「アーク限定でな!」

 キルセはため息をつきながら叫ぶと言う芸当をやってのけた後、もう一回ため息をついた。

「で、まぁアークの戦闘狂はおいといて。リテイブ、本当に気がつかないくらい気配が上手い人がいる可能性はあるのか?」

 アークでは話にならないとキルセはリテイブに話を振る。

「さーな。此処の慌てて逃げた具合をみると、そんな可能性低いように思えるけどよ。大体、あの男は“弱すぎる”。万が一、てだれがいたとしてレインドフを殺すのに、そんな弱すぎる男を態々仲間に引き入れるのか? 脅迫しただけで――拷問も何もなしに情報をペラペラしゃべるような男だぞ」
「確かに、言われてみれば御尤もだよな」
「……ひょっとしたら本拠地は別にあって、此処はただの偽った情報しか与えられていない捨て駒の拠点な可能性もあるな」
「捨て駒の拠点ね。その可能性は否定しないけど、最初の疑問が残る。だったら何故此処は蛻のからなのかってことだ」
「此処をみただけじゃそこまではわからねぇな。それこそ此処におびき寄せて爆発でもさせて一網打尽とか考えているのかよ」
「呑気に言うなよ! 本当だったら死ぬぞ!」
「いやそんな不審物あったら気がつくに決まってるだろ」
「お前らの専門魔導じゃねぇだろ! 魔導使われたらどうするんだ!」
「あっ……まぁ魔導にだろうが発動すりゃわかるだろ」
「もうやだ、この殺し屋と始末屋」

 キルセの言葉に同意してくれるリィハは残念ながらこの場にはいなかった。
 とはいえ、結局爆発物も、魔導も起こることはなく、キルセの取り越し苦労で終わった。


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