T カトレアを連れてキルセは街を歩く。 賑わいを見せる繁華街から少し離れた場所にある花屋へ向かう途中、人相の悪い男たちが路地裏に入ってくのと、ある言葉が耳に入った「――ドフ」と。 勘違いであれば、嬉しいがもし耳に入った言葉が『レインドフ』であるのならば、見過ごせなかった。 だが、と左手に握っている温もりを確認する。 カトレアを連れて危ないことは出来ない。何かあったらリアトリスによってひき肉にされるのは間違いないが、それ以前にカトレアに傷をつけさせるわけにはいかない。 「……いいや、聞き間違えってこともあるだろう」 キルセは「ドフ」だけで判断するのは性急だとした。 「どうしたの?」 「いや、何でもない。さっさと花を買って帰ろう。何か気になるのはあるか? とりあ えず金木犀を一通り買って、庭先を彩ろうかと思っているんだけど」 「金木犀いいね。素敵。あ、ブルーサルビアとか私気になるんだけど」 「ブルーサルビアか、いいな。とりあえず気になったのを一通り買って、植える構成とかは後で考えるか?」 「うん。そうする、じゃあ……ランタナも欲しいな」 「了解」 「あ、ねぇキルセ。この花は何?」 カトレアが指をさした先には赤い花と呼ぶには少々独特な鶏冠状の形をしていた。 「あぁ、それは鶏頭だな」 「鶏頭……」 「変わった花だよな。少し買ってくか? 多分アークやリアトリスも知らない花だぞ」 「じゃあ少しだけ。でも沢山買っていいの?」 「問題ない。それに業者に頼むより好きなのを目で見て選べるんだ、そういう時には気にいったものを買わないとな。何、懐がさびしくなるのはアークだけだ」 尤も、アークの懐は花を山ほど買っても寂しくならないだろうけどな、と付け足す。 キルセはカトレアが興味を引いたもの、色どりにいいと思った花を次から次へとチョイスして購入をする。 花屋は金に糸目をつけずに花を大量に買っていく客に大喜びをしていた。 種を含め大量に購入し、カトレアとキルセは協力して馬車に荷物を詰め込む。 帰宅する頃には夕日が沈みかけていた。そして玄関にはリアトリスが仁王立ちして出迎えてくれた。 「(帰んの少し遅かったか……)」 「全く持って酷いんですよ! 主ったらまた嬉々として仕事に出かけちゃったんですから! 馬鹿ですよね! バカークって今度から呼べばいいでしょうか!」 リアトリスはカトレアを抱きしめながらキルセに愚痴を言う。やっぱり仕事に行ったのか、あの仕事中毒は、リアトリスがいてくれて良かったとキルセは内心思う。 「バカークでもアホークでも好きに呼べばいいと思うけど、リテイブは?」 「明日は大砲が屋敷を破壊するんじゃなかって思うほど大人しいですよ」 「大人しいのはいいことだろ。つーかあいつは口からバズーカ―でも出せんのかよ」 「さぁ。殺し屋のやることは知らないですし―」 「お前、暗殺者だろ」 「畑が違うです。キルセにはわからないでしょーけど」 「ってか俺的には、リアトリスが殺し屋でリテイブが暗殺者の方がしっくりくるんだけど」 「私もですー」 「お前もかよ!」 「ですよ」 「お、キルセにカトレアお帰り」 いつものやりとりをしていた時、リアトリスの視界に紫かかった黒髪が映った。キルセは背後から声をかけられやや驚きながら振り返ると、アークが立っていた。 ――見知らぬ男と一緒に。 「またかよ!」 思わずキルセは叫んだ。 [*前] | [次#] TOP |