一日目 きっかけは何時も通りのことだった。 偶々肩がぶつかった相手。一目で真っ当な奴だとは思えなかった。 偶々肩がぶつかった相手に、いつも通り喧嘩を吹っ掛けた。 いつもの日常のはずだった。 「てめぇ、何処みて歩いてンだよ?」 「あ、ごめーん。ぶつかっちゃったみたいだね」 そして、彼女は頭に花を咲かせた同い年頃の少年をぶん殴った。相手の頬は腫れた。 結果、彼女――千里は、相手の少年――依有と付き合うことになった。 今でもどうして付き合うことになったのか、彼女には皆目見当がつかない。 どうして、頭の花を咲かせた奴をぶん殴った結果付き合うことになったのか理由が知れない。 酔狂だと自分でさえも思っている。 あの時付き合ってしまったからこそ、千里は依有に殺されかけることになったのだから。 人生で初めての恋人だった。 生まれて初めて付き合う相手とどう接すればいいのか千里は皆目見当がつかなかった。 付き合って一日目デートしようと誘われたので、千里は自宅で待機していた。 デートと言えば一体何をするものか、悶々と悩む。 「デートって第一どんな意味なんだっけがあぁあ! わかんねぇっ!」 叫んでも解決はしなかった。 そういえば、と程なくして少しだけ靄が晴れた。 以前意気投合した友人がデートでショッピングするんだ、と意気揚々としていたことを思い出す。 ショッピングまで思考回路が回った時点で次どうすればいいかが浮かばない。 「ショッピングといやぁ、何をするもんだ? 買い物だろ? 食材……はかわねぇよな。じゃあ、服? 服か?」 そこまで思考回路が回った時点で、自分の服装を見返すと生まれてこの方お洒落に興味がなかったせいで、自分でもしゃれっ気がないなぁとわかる格好だった。 「いやいや、で、でも他に着る服もないし、普段通りがきっと一番なんだよな!」 デート=お洒落な格好とは限らないと、千里は自分を納得させる。 「あぁもう! ウチが悩んだってわかんねぇよっデートはショッピングで服を見ればいいんだっ!」 千里の中でデートプランが確定した。何も頭をひねらせて小一時間考えなくても、数多の老若男女と付き合っている依有がいれば問題ないのだが、依有と付き合ったばかりの千里に、依有が実は老若男女沢山の人間と付き合い、そして殺している物騒な人物であることなど知る由もない。 デート初日 呼び鈴がなったので、千里はらしくもなく胸をドキドキさせながら扉を開く。 殴った腫れが引いていて、頭に花を咲かせた依有が立っていた。 ストライップ模様が襟元に入ったワイシャツに、スーツというほど堅苦しくもないブラウンのコートが腕にかかっている。シャツはズボンの中に仕舞われ、シルバーのベルトがアクセントになっている。首元からちらりと見えるネックレスに、七分丈に捲られた腕にはリングをつけている。 お洒落に疎い千里でもこの格好がお洒落であることは認識出来た途端、自分の普段着のような格好が恥ずかしくなった。 「依有てめぇ変な格好してくんなよ!」 八つ当たり気味だとは理解しながらも殴りかかったが、軽やかに交わされた。 「お待たせ!」 変な格好には一切触れない依有の返答。 「あっあぁ……」 「何処に出かける?」 「服だ!」 勢い余って服だ、と断言した後で、千里はしまったとてんぱったが依有に気にした様子はなく、笑っている。 「じゃあ服を買いにいこっか!」 依有に連れられた先は、普段ならば遠ざける洒落な通りだった。 「さて、何処の服を見ようかー。あ、あそこの店とか千里に似合うんじゃない?」 「はっ? ウチ!? いや、ウチじゃなくて依有の服を見るんだろう!」 意志の確認が出来ていなかった。 「こういう時は僕じゃなくて、千里の服を見るもんだよ、ほらほら」 依有に押されて店に足を踏み入れると千里は即効帰りたくなった。 千里の性格を考慮してかファンシーなお店ではなく、スタイリッシュな格好が多い店だったが、それでもお洒落に興味ない千里からすれば敷居が高い。 「いや、ほらやっぱ帰ろう。ウチの服を見たって何も面白くないだろ!?」 「大丈夫。千里が服選び苦手なら僕が選んであげるから安心して」 「う、ウチは今のままの服でいいって」 「大丈夫大丈夫。僕が千里にプレゼントするんだからありがたく受け取ってね」 完全に依有のペースに持っていかれていた。 「あ、いや……」 「僕に任せて!」 すぐさま服を選びに依有は洋服の中に消えて行った。千里は一人になり店の空気にいたたまれなくなる。 「これとか似合うと思うよ!」 そんな千里の心情を察してか依有はすぐに戻ってきた。手には千里のための服が用意してある。 複数種類の中から好きなのを選んでねという形ではなく全身コーディネートをしてあり各種類一つずつだった。手にとってみるとアクセサリーまでしっかりと短時間の間で選ばれていた。 「やい……チウ……じゃない。いや、ウチには似合わないって」 緊張のあまり、言葉が途中まで逆になるという難しいことをやった千里だった。 「大丈夫大丈夫。僕の見立てだから。千里なら似合うって思ったのをチョイスしたんだから気軽にきてよ」 笑顔のまま服を渡されると拒否することが出来なくて千里は受け取った。 「すみませーん。この服お会計で。あと、このまま着て帰るんで着替えさせてください」 依有が手慣れた様子で店員を呼びお会計をすんなりとすました。依有が全額払ったため合計金額がいくらなのかわからなかったが――値段を見ようとしたら気にしなくていいよと依有に断られた――それでも、普段千里が着ている服の数倍する高い服であることは何となく理解出来た。 「さぁさぁ」 依有に背中を押されて、千里は着替えることになった。 着替える手つきも手慣れていなかったが、なんとか着替えた千里が依有の前に姿を現すと依有は手放しで喜んだ。 「うん! 千里可愛いよ、すっごく似合ってる!」 「ウチにこんな服は似合わないと思うんだけど……」 「大丈夫自信もって。千里すっごく可愛い」 「嘘ついたらぶっ飛ばすぞ……」 「嘘なんて塵ひとつもついていないからぶっ飛ばされる心配はないね」 「足……なれない」 千里の恰好は首元でクロスするタンクトップに、短めのジャンバーを羽織っている。腰には黒ぶちで太めの銀ベルト、短いズボンに生足だった。くるぶしまでの短い靴下にスニーカーを履いている。足を大胆に露出した格好が何より千里には違和感だった。普段足を出すことがないからだ。 「大丈夫。千里は足がすらりと整っていて綺麗なんだから、勿体無いよ。隠してしまうのは」 屈託ない笑顔で依有が断言するものだから千里はつられて微笑んだ。 「有難う」 「僕は本当のことを言っただけだよ」 褒めてくれたことが新鮮で千里の中で想い出となった。 衣装チェンジして最初こそは、街歩く人間が自分のことを好奇な目で見ないかと心配だった千里だったが、依有の率先したデートプランを楽しむにつれて他の人間の目は全く気にならなくなった。 「あ、クレープ食べようよ、クレープ」 依有がさりげなく千里の手を握って歩き出すのを、千里は振りほどかなかった。 「んー美味しいね」 「依有……生クリームついているよ」 「ありがと。いやはやこの年で口についているとか恥ずかしいね」 と言いつつ千里の緊張をほぐそうとした依有の作戦だったのだろう。ペロリ、と舌を伸ばすとそのまま唇についている生クリームを取った。迷いない動作は、初めから何処に生クリームがついてることを知っていたから出来たことだ。けれど、千里は最初から依有が仕組んでいたことには気がつかない。 「ははっ馬鹿じゃねぇーの」 「酷いなぁ。たまには失敗だってあるんだよ!」 ふてくされて抗議するフリを依有がしていることにも気がつかない。 けれど、千里の中で生クリームがきっかけになったわけではないが緊張がほぐれた。 「よし、ウチは次バナナチョコ生クリーム食べるわ」 ぐぅとお腹が鳴った気がしてお代わりすることに決めた。 「さっきはイチゴチョコマンゴー生クリームを食べていたよね。まだはいるの?」 「当たり前だ。こっちは昨日の夜から何も食えなかったんだからな」 「そっかーそれはお腹すくね。じゃあ、僕のも一口上げるよ」 ほい、と食べかけのチョコレート生クリームクレープを差し出してきたので 「ん」 千里は依有が差し出したクレープを口に含んだ。もぐもぐと咀嚼する姿を依有は微笑む。 「これも美味しい」 「ねー。此処のクレープって美味しいんだよね。まだ流石に全種類制覇とはいかないんだけどさ」 「じゃ、じゃあウチと何時かクレープ制覇しようよ」 千里の思いつきだが妙案のように――少なくともこの時は思えた。 「いいね。僕が一個しか食べられなくても千里は三つ食べられるみたいだから、クレープ制覇も夢じゃないね」 「って何ウチが食いしん坊みたいになってんだよ!」 普段の調子を取り戻した千里は、椅子に座って向かい側にいる依有のすねを軽く蹴飛ばした。 「ちょ、痛いよ。暴力反対」 「うるせっ! ウチを食いしん坊扱いしたからだ。ちゃんと飯食べてりゃ、ウチだってクレープは一個しか食べられねぇよ」 案に緊張して昨日の夜から何も食べられなかったことを告白しているのだが、依有は気がつきながらも言及はしないで会話を進める。 「そっかーじゃあまぁ長い道のりになりそうだね」 「それも……またいいじゃねぇーかよ」 「うん」 しかし、この言葉は実現することがなかった。 [*前] | [次#] TOP |