零の旋律 | ナノ

BloodySnowV


 ウィクトルはホワイトクリスマスの夜をかける。
 街の風景は恋人家族大切な人と雪景色を楽しむもの、自宅でパーティを開くもの、一人で誰にも邪魔されない空間で過ごすもの、様々な人間がクリスマスを味わっていた。
 それは外の街だけではない、箱庭の街もまたクリスマスの日を満喫していた。
 箱庭の街で手袋をはめ、雪を掌に乗せる子供、吐く息が白くて寒いと手をこすりながら歩く女性、雪合戦をして遊ぶ少年たち、寄り添う夫婦、幸せなクリスマスの日常風景がウィクトルの視線の片隅に入る。
 隣を走る相棒のアミークスに視線をずらせば、普段と変わらぬ凛々しい瞳、それは絶対の王へのゆるぎない忠誠心の表れだ。

 ――俺は、どうしたのだろうか

 ウィクトルは自分の心の変化に戸惑っていた。
 織氷を失った時から、以前ほど絶対の王への忠誠心を心から誓えなくなっていたのだ。表面上それを表に出したことはない。
 しかし、絶対の王には気がつかれているだろう。彼の前で隠し事は不可能に近い。
 だが、彼は何も言ってこない。“自分”という個人に感情を抱かないのか興味がないのか、それとも部下だからと信頼してくれているのかは――わからない。
 かといって、クリスマスの名には相応しくない――ブラッドクリスマスへ変貌させようと動いている自分に嫌気がさしたわけではない。血を浴びるのは不快だが、人を殺したくないと思ったことはないし刃が鈍ったこともまたない。
 心境の整理がつかないまま、彼は二年もの月日を過ごしていた。

 異端者組織イーデムの拠点である建物に辿り着くと、建物前には既に武装したイーデムの人間が待っていた。
 異端審問官は長距離を走り続けたにも関わらず息一つ乱れていない。
 待ち伏せされていたことにやや驚きを覚えながらも、総勢七名の異端審問官は冷静に死の武器を構える。異端者組織イーデムの人間が集結しているだけではその存在を気にしなかった箱庭の街の人間が、異端審問官を目撃した瞬間一斉に逃げ出していく。慌て過ぎて途中で躓いたり、悲鳴を上げたりするものもいる。
 それが、この街における異端者と異端審問官の違いだ。異端者は箱庭の街の希望で、異端審問官は恐怖の対象だ。
 だが、今さら気にする必要はない。異端審問官が従うのは絶対の王だけなのだから。

 例えば、狂った人間と正常な人間を同じ部屋に閉じ込めよう。
 すると正常な人間はやがて狂った人間に影響をされ、正常な人間も狂うその可能性は零ではない。
 それと同様、異端審問官に一度なれば、その異常な空気と同化するのだ。
 ただ、違いがあるとすれば、異端審問官の場合は可能性ではなく絶対なことだ。

「異端審問官、見逃してはくれないか? といっても無意味ということは理解している。お前らが我らの言葉に耳を傾けることがないことなど、とうに失った同胞から理解している。お前らは箱庭の街が閉じ込められた場所と知りながらも、それをよしとしている、それに我々が屈するわけにはいかない。人間は自由であるべきだ」
「だから、私たちにそんなもの興味はない。反乱だろうがなんだろうが好きにやってくれて構わないけど――我らが王の望まぬことは許さない。我らが王の意思に反することを私らが見逃すことはあり得ない」

 アミークスが腰に手を当てながら断言する。

「我らが王の身心のままに。お前らは我らが王に逆らった、万死に値する」

 今回の実行部隊リーダーの男も断言する。一切の議論を許さない断定だ。


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