零の旋律 | ナノ

BloodySnowT


 闇を疾走しながら底冷えする寒さに震える。昔は雪が舞う季節が好きで、手が真っ赤になるまで雪で遊んだ。遊ばなくなってからも汚い世界を塗りつぶす白が好きだった。
 けれど、今はただ寒いだけだ。何時から寒さだけを感じるようになったのだろうか、何時から弱くなったのだろうか――白い息を吐きながら彼は思う。
 否、思うまでもない。答えは酷く明快だ。そう、酷いくらいに理由など決まっていた。
 雪に思いを抱かなくなり、寒さだけを感じるようになったのは二年前――塔終幕事件で相棒の織氷を亡くしてからだ。織氷がいた温もりを失ってしまった途端、寒くなった。

「どうしたウィクトル?」

 そんな彼――ウィクトルの様子に違和感を覚えた彼女が声をかける。鮮やかな蒼は灰色を失う前の水色のように眩しい。

「いや、何でもないよ。今日はやけに寒いなと思っただけだ」
「明日は雪でも降るのだろう。ホワイトクリスマスになりそうだな」

 ホワイトクリスマス――その言葉にウィクトルは、今は亡き織氷の事を思い出す。灰色の髪を持つ少女は自分の髪を濁った色を称し嫌っていた。
 そして少女はこういった『雪にこの色が塗りつぶされてくれればいいのに』と、ホワイトクリスマスの出来事だ。
 ――あぁ、このままじゃだめだ
 ウィクトルは頭を振る。
 干渉に浸っていてはいけない、現実を見なければ。

「どうした、干渉に浸っているのか?」
「そういうわけではないさ、ただ苺のタルトが食べたくなっただけだ」
「そうか、お前スイーツ系大好きだもんな」
「大好きなわけじゃない、ただ他の食事より美味しく感じるだけだ」
「それを大好きというのだが……」

 彼女――ウィクトルの現相棒は苦笑する。
 ウィクトルは現相棒に干渉に浸っていつまでも前を向けない自分の姿を見せたくなかった。

「まぁいい。さて仕事だ」
「あぁ」

 ウィクトルは背中にある鋸のような刃がついた大剣を鞘から抜き取る。
 ウィクトルと彼女――アミークスは異端審問官だ。
 異端審問官とは、絶対の王の元でその力を振るう組織。主な仕事は、絶対の王が異端者と判断した人間を殺すこと。月夜を背にして俺ら異端審問官は異端者を狩る。
 異端審問官ウィクトルの現相棒アミークスは、ウィクトルより一つ年上で異端審問官としての活動歴も長い。凛々しい相貌、艶やかな蒼い髪は動きやすいように短く切りそろえられている。髪と同じ色の瞳は力強い印象を与える、熟練の異端審問官だ。
 クリスマスイブ、世間が賑わうなか狩りは始まる。全ては絶対の王のために。
 殺戮と殺戮を繰り返す。
 泣き叫ぶ声も、痛みに呻く声も、絶叫も、彼らの同情を誘うには役者不足だ。
 彼らが命令をきくのは絶対の王ただ一人。自らの意思は全て絶対の王の元へ。
 命乞いは彼らの前では無意味。女も子供も彼らの前では全て同じ。
 血飛沫があがり、辺りが悲鳴で合唱を奏でる。
 それは一つの唄が終わるよりも早く終結する。圧倒的実力で構成された異端審問官と対等に戦える者など――そうはいない。

「さて、終わったね」
「あぁ……そうだな」

 返り血が頬から流れる。刃についた血を払い、剣を振るってから鞘に納める。
 ウィクトルには生ぬるい血液が酷く不快だった。他人の“血液など気持ち悪い”反吐が出そうだ。
 そんなウィクトルの感情にアミークスは敏感に気がつきながらも興味がないのか淡々と後始末を始める。
 是の狩りは本番前の下準備だ。本番は明日――クリスマスに行われる。異端者組織イーデムを壊滅させるために異端審問官は動く。

 全ては絶対の王の命令を完遂するために。


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