零の旋律 | ナノ

Absolute kingY


「全く、面白いことをするな」

 何を言っているのかは聞こえない。
 何故ならばウィクトルは音を完全に遮断していた。防音素材で中をコーティングされたフルフェイスに加え、耳栓もしている。これで“音”をふさいだ。
 ヒントは雪合戦している少年たちが耳あてをしていたところからとった。
 『言霊』が『音』であるのならば、音を遮断してしまえば『私に触れるな』といった命令を耳にすることは出来ない。
 即ち異能が発動することはないと考えたのだ。
 だからこそ、音を封じる対策を完璧にしてきた。だから、レガリアがとった方法にウィクトルは驚いていた。
 そう、絶対の王と呼ばれ前線に出ることを殆どしないレガリアが、自らレイピアという武器を手にしているのだ。先刻まで徒手空拳だったのに何故武器がある、との疑問は抱かない。何故ならば絶対の王だから、それだけですんでしまうほどにレガリアのことをウィクトルは超人的な人物と捉えている。何より、言霊の異能を有しているのだ、何か聞こえない所でしたのだろう。
 ウィクトルは深呼吸をしてから、強く一歩を踏み出す。流れるような動作で大剣を扱っているとは思えない速度で連撃を繰り出すが、レガリアの瞳は全て見切っているかの如く、悉く捌かれた。
 レガリアの技術にウィクトルは舌打ちをする。

 ――この化け物は何処まで化け物なんだよ

 繰り返される斬撃は流麗な舞を踊っているようだ。フルフェイスの先端にレイピアが触れた瞬間、フルフェイスが飛んだ。綺麗に弧を描いて床に落下する。
 視線を揺らぐことなくウィクトルはレガリアに対して大剣を必死に振るうが、レガリアの技術はウィクトルを上回っていた。
 大剣に伝わった衝撃に、手が握力を失う。大剣が床を転がる。慌てて痺れる手を動かし大剣を拾いに行こうと駆けだした瞬間、仏像の如く微動だにしなかった棟月が動いた。手にした槍で大剣を弾き飛ばす。それは一直線に飛び壁に突き刺さった。

「耳栓をとるといいよ。ウィクトル」

 レガリアの言葉は『言霊』を介していないが、ウィクトルは自分の意思でレガリアの言葉に逆らわず耳栓を取った。耳栓だけでは音を完全に遮断することは出来ない。ならば耳栓をしている意味はない。何より音を拾えない状況は不便だった。

「それにしても音を遮断するとは考えたな。しかし、ウィクトルそれは無意味で無駄な悪あがきでしかないよ」
「……あんたにはあんた自身の武器があるからか?」

 レイピア捌きは玄人のそれ、だ。異端審問官という戦闘部隊、その頂点に立つ絶対の王の名を不動のものにする圧倒的技巧。

「いいや、違う。例えウィクトルが音を遮断しようとしてもね、それは無意味で不可能だ。……『フルフェイスは跡かたもなく霧散する』」

 レガリアがそう言った途端、音を拾わない無機物であるフルフェイスの存在が最初からなかったかのように消え去った。

「――なっ!」
「例え君が音を遮断していていも、無意味なんだよ。私がフルフェイスを消せば、耳栓を消せば君は音を聞こえるし――そもそも君が耳をふさいだ所で、私が『言霊』で命じれば何をも意味をなすことはない。『言霊』は現象を起こすことだからね。音により発生するものではない。とはいっても、音も重要な要因ではある私だけに関しては。言霊は現象を起こすことが出来るが、異能者が言葉を発する必要があるからね」
「……」
「わかったか? 例えどのような方法で君が私に挑もうとも私には手が届かないよ」

 圧倒的で絶対的。だからこその絶対の王。
 その実態をウィクトルは初めて掴めた気がする。

 絶対の王は紛れもなく、人間の皮を被った化け物だ。
 この世に存命していていい人間ではない。

 だが、この世に絶対の王に勝てる人間は存在しない。
 ウィクトルが導き出した“事実”だった。


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