零の旋律 | ナノ

Absolute kingV


「実験体が用いる異能はそもそも“腑わけ”された“劣化品”なのだよ。いや、劣化品というより“レプリカ”と表示するべきか」
「どういう……」
「この世界における純然たる異能とは、三種しか存在しないのさ、その三種のうち一種の異能を持つ男が、異能を増殖させるために研究の塔で異能を付加する実験を行った、そういうことだ」

 ぞくりと背筋に悪寒が走る。絶対の王は一体何を言っている。
 理解の範疇を超えるおぞましいことを彼は平然と口にしているのではないか。

「実験体が用いる異能は、その男によってもたらされたレプリカだ。故に、この世界には三人だけ、実験体ではあらずとも異能を操れるものが存在する。尤も、それは過去の話、だがな。ウィクトル、教えてあげよう。私の異能は『言霊』だ」
「ことだま……?」
「そうだ、言葉にしたことを実現する、それが私の異能だ。あぁ、心配しなくていい常日頃から使っているわけではないからな」
「なら、俺があんたに攻撃出来ないのは……『私に触れることは叶わない』とあんたが言ったからか?」
「そうだよ」
「だったら! 今までの任務全て言霊の力だったのか!?」
「違うよ。私はそこまでの強制はしない。それに舐めるな、言霊の力に頼らずとも、私が実現するといったことは実現するのだ。黒を白に、白を黒に出来るのは私の実力であり、言霊の異能ではない。覚えておくんだな」
「っ……」
「普段から言霊をしようするなんて、それは“面白くない”し、それに意味があると思っているのか?」

 レガリアが告げる言葉にウィクトルは心臓を掴まれたように苦しい。
 とりあえず、絶対的に理解出来るのは、今の自分ではレガリアに対抗する術を全く持ち合わせていないことだ。
 言霊の異能を知らず立ち向かって勝てるような相手ではそもそもない。
 異端審問官を統べる絶対の王なのだ。
 反逆した自分が今なお生きていられるのは、絶対の王が自分を殺す意志を示していないからだ。
 その事実が不思議で――仮に死に値するほどの価値がないと判断されたのだとしたら残酷だ。
 異能の真実、言霊、思考回路が暴走しそうな程に知らなかった事実を突き付けられて困惑するウィクトルとは違い、眉ひとつ――下手したら瞬きすらしていないのではないかとさえ錯覚してしまうほどに無表情で微動だにしない棟月を見て悪寒が走る。

「(何故――こうもこいつは冷静でいられる。いや、違うか。この集団に染まってしまえばそんなことは関係ないんだ、全てが王への絶対的忠誠になるのだから――それに)」

 棟月は、異端審問官の中でも極めて異常な存在だ。異端審問官に染まっていた当時の自分でさえも棟月の忠誠心の異常さを理解していたのだから。
 だから棟月は仮に言霊の異能を知らなくとも驚愕しないし、知っていても驚愕しないのだ。

「さて、どうするのだい? “レオン”」
「――っ!」

 ウィクトルは反射的に踵を返して逃げるようにしてその場から走り去った。
 何の策もなしに勝てる相手ではない。
 レガリアは最初から“わかっていた”ウィクトルが逃げ出すと。ウィクトルはレガリアの思うがままに動いてしまった。動かされている自覚はあったが、そうするより他なかった。
 あの場でレガリアと会話を続ければウィクトルは再び、絶対の王の前に膝まづく予感がしていたからだ。 “本名”で呼ばれた瞬間心が鷲掴みされた気分だ。
 神々しい存在を前にして無意識に頭を垂れたくなるのと似ている。だからウィクトルは走る。この狂気の城から逃げ出すために。
 誰も追いかけてはこなかった。誰もこの“城”で何かが起きるとは思っていないのだ。
 静かな空間をウィクトルが疾走する足音だけが響く。長年いた住処に不思議と未練はなかった。
 ただ、捕らわれていたくなかった。
 この城が怖くて怖くてたまらなかった。
 何もかもが異常な空間だと気が付いてしまえば一秒でも早く逃げ出したかった。


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