零の旋律 | ナノ

Future possibilitiesW


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 絶対の王を殺すべくフォルトゥーナは槍を向けるが、その狙いが定まらない。手が震える。これは恐怖ではない、武者ぶるいだ、と心に言い聞かせても無駄だった。

「どうした? 私を殺そうとしているのだろう? しかし、それは無意味だ」
「何故!」
「そんなことわかっているだろう? お前は私を殺せない」

 断言されてしまえば、 “絶対”に殺せないように思えてならない。
 そもそも、確定された未来しか今や視えないフォルトゥーナは結末を知ってしまっている――少年に跪く未来が。
 確定されても、未来は、運命は変えられると足掻きたいのに、少年を前にしてしまったら全てが無意味にしか思えないのだ。
 どんな言葉も、行動も、信念も理想も絶対の王の前では無意味。
 絶対の王に可能性の未来など存在しない。存在するのは絶対的な未来、だけだ。

「……そんな……そんなことは」
「強がる必要は何処にもない」
「なんで、どうしてよ!」

 切実な叫びは――それは自分自身の戸惑いからだ。
 何故ならば、この先の未来を知ってしまったフォルトゥーナにとって、それは“裏切り”でしかないのに、その未来がどうしようもなく“安堵”をもたらしてくれるとわかってしまった。
 そう、不確定な未来しか映らないフォルトゥーナにとって、確実な未来を魅せてくれるレガリアが救世主のように思えたのだ。
 それが組織イーデムを壊滅させる決定打であることを視た上で、そう思ってしまったのだから裏切りでしかない。それも、寝返るという最悪の形で、だ。

「どうしてよ……どうして……」
「それは私が絶対、だからだ。さてフォルトゥーナ、君はこれからどうするかを未来で知っているが、改めて問おう。私の元へ来い」

 甘言。蜂蜜を目の前に差し出されたように甘い誘い文句だった。

「……私は!」

 それでも、精一杯、心中の葛藤へ抗おうとする。

「どの道、イーデムは私の仲間の手によって滅ぶ。お前が生き残る道はただ一つだ。私の元へ来ること、それだけだ」

 手を差し伸ばされた。それは新たな“自由”であり“安心”だった。
 フォルトゥーナは、塔終幕事件――異能者としてgTの実力を有していたクロア=レディットと、実験体にとって恐怖の対象であった執行官ユズリ=標葉が脱走した騒動に便乗して、脱走した実験体だ。
 故に数多の可能性を視る『異能』を扱える。
 その異能はフォルトゥーナにとって未来への“希望”であると同時に不確実な未来への“恐怖”が存在した。数多の未来がある、ということは望んだ未来が存在するのと同時に望まない未来が存在するということだ。
 希望だけを抱いて生きてきたわけではない。
 希望の未来を目指してあがいても結末が望んだ未来でなかったことなど、両手で数え切れないほどにある。その度に絶望をした。
 そんなフォルトゥーナにとって不確実な未来から“確実”な未来が視えるというのは安堵であり安心だ。その安心に身を委ねてしまいたかった。
 未来が視えるが故に未来に振り回されたフォルトゥーナにとって、確定された未来が希望でなくて何と言うのだ。

「……わかっている癖にきかないで」

 誘惑された今、これ以上抗うのは無理だった。甘い誘い文句を断るなど到底不可能。
 だから、少女は差し伸ばされた手を掴みとるのではなく、跪いて、頭を垂れた。
 そう――フォルトゥーナはこの瞬間から絶対の王へ忠誠を誓った。


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