零の旋律 | ナノ

Future possibilitiesV


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 自由を掴みとるための未来は確かに存在した。
 奇跡に等しい確率でも存在した。
 だから、そうなるための未来へ、導くための行動を移そうと彼らは必至だった。
 しかし、異端審問官の実力は、彼らに未来を掴ませなかった。
 同じ人間でなければまだ救いがあったのに、彼らは残酷なことに同じ人間であった。

「はぁぁああああ!」

 金属音が響く。発砲音が留まることを知らない。渾身の一撃を受け流される絶望感。濃厚になる死。切り裂かれる痛みよりも、目的が達成できない未来に彼らは嘆く。
 黒と青に彩られた異端審問官が赤をも取り込み殺戮の舞台を終幕へ導いていく。

「くそぉぉおおおおぉぉお!」
 
 悲痛な叫び声は、彼らの心に届かない。


 全てが血塗られた世界。
 真っ赤な血だまりを作る。
 白が消える。
 雪が赤で汚されていく。

「終わったか、後は中を片付けるだけだな」

 ウィクトルは不快そうに血を拭う。服についた血はどれもが返り血だ。
 ウィクトルの剣には傷一つついていない。アミークスも無傷だ――否、殆どの異端審問官が無傷だった。
 一方のこの場にいる異端者たちは例外なく血にまみれて死んでいた。
 途中逃げ出す者が一人もいなかったのはあっぱれという他ない。なにしろ圧倒的実力差の前でも、最後まであきらめず、仲間の死体さえも利用して攻撃の手を止めなかったのだ。覚悟が如実に表れていた異端者たちは自由な未来を掴みとりたかった。

「そうだね。私とお前は組織内部に残りの異端者がいないかどうか調べよう」
「あぁ」

 殆どの戦力は異端審問官との戦闘に出撃しただろうが、残党がいないとは限らない。一人の残党を許さずにせん滅する、それが異端審問官の役割だ。
 ウィクトルはふと、視線を『仲間』へ向ける。異質さに思わず身震いをしそうになってしまった。淡々とした表情が不気味なのだ。殺戮に快楽を感じているのならば、まだましだった。殺戮を恐怖しているのならば、まだ良かった。
 だが、現実は違う。彼らは何も感じていない。
 喜びも悲しみも怒りも憎しみも、存在しない。そんな感情は失っている。
 ただ彼らは命令のためだけに人を殺す。
 厄介で不気味で狂った集団だ。

「(あぁ、不気味だ。不気味でしかたない――なんで)」

 一度異端審問官という内部へ捕らわれてしまえば、外部が見ない限りその異常さは伝わらない。

「(なんで、俺は不気味だなんて感じてしまった)」

 ウィクトルは異端審問官でありながら、その薄々勘付いてはいたが、この瞬間確実に異常を感じ取ってしまった。逃れようのない不気味さ、違和感、異質――おぞましさ。
 薄々感じ取り始めたのは、二年前からだ。二年前――織氷を失ってから、異端審問官組織の異常さを感じるようになっていた。
 今までは一切疑問を抱くことなく、異端審問官として生きてきたのにふと夢現から現実へ引き戻されたかのように組織の異常さを内部にいながら実感した。
 この空間は異常だ。心からそう実感するのに、未だ脱することが出来ないし、この場で駆けだそうとしないのはまだ絶対の王へ心酔という魔法から解けきっていないからだ。

「何をしているんだい? 行くよ」

 呆然と突っ立っていたウィクトルに、相棒のアミークスが声をかける。彼女は既に組織イーデムの入口である扉に手をかけていた。

「悪い、今行く」

 ホワイトクリスマス、雪が舞い綺麗なのに、血濡れた自分たちは何と汚れた存在だ。
 寒さを、全てを凍てつかせる氷が好きだったはずなのに――何故、寒いのだろうか。
 答えは、未だ見つからない。

「(何故、俺は此処にいるのだろう)」


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