零の旋律 | ナノ

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「いつまで寝ているつもりだい? 標葉」

 黒を基準とした服装に身を包んだ金髪の少女が、いつまでもベッドで横になっている青年を呼ぶ。青年は身動ぎをした後、半分瞼を開く。

「あぁ、おはよう」
「おはよう? この時間はおはようと言うべき時間帯では既にないんだが。まぁおはよう」

 時刻は昼を有に過ぎていて、下手をすればそろそろ陽が沈む時間帯だ。
 しかし、遮光性に優れたカーテンによって室内は薄暗く時間帯がわかりにくい。
 眼帯をした青年標葉は身体を起こす。
 ――今日で一か月か
 視界にはいったカレンダーの日付を見て標葉は思う。
 あれから一か月が経過した。
 そう、少女――クロア=レディットの脱走を手伝い、自らも脱走した日からだ。
 此処は塔が存在する街の中だ。
 街の外へ逃げるか? と標葉は聞いたが、クロアは首を横に振った。
 自由を得た少女は復讐を望んだ。だから此処にいる。

「標葉、僕はお腹が空いた」
「わかった、今作るから」

 標葉は服を脱いで着替え始める。クロアはその様子を眺めているだけで出て行こうとはしなかった。既にそのことに関して標葉は諦めていた。
 逃亡した当初は着替えの時、部屋から離れないクロアを追い出そうとしたのだが、クロアは一向に出て行くことをしなかった。
 しまいには何故だい? と首を傾げられる。
 そうこうしているうちにクロアがそこにいることに慣れてしまい、最早何も言う気にはなれなかった。
 一番困るのはクロア自身の頓着しない性格で、標葉がいるのに着替えたりすることだ。流石にそちらは未だに慣れることもなく着替えている間、標葉はそっぽを向いてクロアの着替えが終わるまでひたすら待っている。恥じらいを覚えて欲しいと常日頃思っていた。
 標葉はすぐにキッチンに立ち、料理を作り始める。今日はペペロンチーノだ。麺は昨日のうちにゆでて置いてある。
 標葉がやや古びた木のテーブルに料理を並べると、クロアは楽しそうに椅子に飛び座った。

「飛ぶな。ただでさえぼろい椅子が壊れる」
「僕の体重ごときでは壊れないさ。標葉がやったら大破するだろうけどね」
「俺は何処の住民だよ」
「さて、頂こうかな」
「頂きます、だ」
「頂きます」

 手を合わせて頂きますとクロアはいってからフォークを持ち食事を始める。

「クロア、持ち方間違っている」
「食べられるのだから是で問題はないじゃないか」

 拳を固める形でフォークを握りながら食べているクロアに標葉はため息一つ。
 この常識も礼儀作法も知らない少女に、日常生活一般を教えるのは一か月経った今でも中々慣れない。

「そんなこと言わないで教えた通りにやれ」
「わかったよ。仕方ない、標葉に免じてやろう」

 クロアは渋々といった感じだが以前標葉が教えた持ち方に変える。
 覚えてはいるが、慣れていないためついつい楽な方を選んでしまうのだ。
 クロア・レディット。年齢十六歳。実験体として檻の中にいた年月は非常に長く、少女に“常識”は通用しない。
 実験体として扱われてきた以上、他の知識は不要だったからだ。
 だから、標葉は脱走してからクロアに教えることは多く、標葉自身は慣れないながらもある種の充実を感じていた。


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