零の旋律 | ナノ

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 標葉が動く。男を殺すために。標葉を援護するように少女の結晶が男に蠢き襲いかかる。だが、それを男は一刀両断して無効化した。これには流石に少女も驚く。

「な――どういうことだい」

 少女の呟きよりも男が少女の元へ近づく方が早い。咄嗟に結晶で身を守るが、結晶に亀裂が奔る。
 ――壊れる
 そう少女が思った時、男の刃を遮るように隙間から刃が侵入した。
 ――何故僕を守った。
 少女が疑問に思うよりも早く、刃は少女の視界で残像を生み出す。無数の刃が迫っているような錯覚。
 血しぶきがあがる。標葉が後退した。
 血が滴る。ざっくりと切られた左目からは血が収まることを知らない。それでも標葉は刃を落とさなかった。両手は武器を握り締めている。
 戦意を失っていない証拠だ。
 切られたのならば血を拭うことに意味はないと脳内で計算を導き出していた。それは合理的であり自身への残酷な事実へ肯定していた。
 だが絶望することなく、それを事実と受け止め、その中で勝つ道を標葉は冷酷に選ぶ。

「――標葉」

 少女が動いた。戦意を失っていない標葉を見ていたくなくて。標葉が自分を守った事実が信じられなくて。
 少女の周りに蠢く無数の結晶は留まることを知らずに破片を散らしていく。
 やがて竜巻が巻き起こり圧倒的破壊力で大理石を剥がし、砕き、破壊し、宙を舞う。
 それらが第二の刃となり、刃は広がり建物全体を破壊する勢いを生み出す。

 結晶が散る幻想的な凶器の中、視界は不鮮明だ。
 少女は標葉の服を掴み走り出す。異端審問官――何者か不明だが、この男との戦闘を長引かせれば他の警備のものがやってくる。それは少女にとって望ましい展開ではなかった。
 だから、不本意ながら逃走という手段を少女は取った。
 結晶が守り、結晶が襲い、結晶が砕く。障害物は全て蹴散らす猛威を振るう。
 そして――少女は塔から脱走を成功させた。

 少女が塔から逃げた途端、結晶は力を失ったかのように地面に落下する。
 派手な音を立てて、結晶は霧散していく。

「あーあ、逃げられたか」

 異端審問官の男はさして残念そうでもない。

「全く、逃げられちゃったじゃないの」
「別に逃げられたって問題はない」
「まぁ、それはそうね」
「そうさ、俺たちの仕事はあくまで“異端者”を抹殺すること。今回のだって偶々知くにいたからお手伝いを依頼されただけ、本業の片手間にやりゃいいんだ」
「同感ね」

 飄々と述べる青年に、少女も淡々と返した。
 脱走した実験体を取り逃がした異端審問官は、厄介事は御免だと言わんばかりに速やかに、この場から逃走した。静けさを取り戻し――しかし、破壊の跡が色濃く残る場所に、数分後塔の研究者や執行官たちが姿を現した。
 誰もいない――実験体に逃げられた現実に打ちひしがれながらも、すぐに討伐隊を編成していた。命令を聞かない実験体は必要ない。

「全く持って逃げ場等ないのに君は何を夢見たんだい? クロア=レディットよ」



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